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AI技術の中国での権利化に関するアドバイス


北京林達劉知識産権代理事務所
中国弁理士
周 蕾
 
人工知能(AI)は、現在の科学技術分野で最も重要なホットトピックの1つであり、AI技術をめぐる知的財産権の保護も法曹界及び革新主体が関心をもつ焦点となっている。筆者は、実務経験から、AI技術の中国での権利化に関するアドバイスを行うが、AI分野での技術革新の保護に役立てばと思う。

AI発明の権利化において問題になりやすい法的要件

AI分野の発明は通常、アルゴリズムに関するものであるため、権利化に際して、中国特許法第25条第1項第(2)号の「知的活動の法則及び方法」に関する規定及び第2条第2項に規定する発明の定義を考慮する必要がある。

また、医療分野でのAI技術の応用はますます広範になってきている。AI技術を利用する医療データの処理、診断や治療への補助に関する発明については、さらに中国特許法第25条第1項第(3)号の「疾患の診断及び治療の方法」に関する規定に留意すべきである。

以下、実例を挙げて、上記法的規制に関する中国の現在の運用を紹介する。

1.知的活動の法則・方法について

2020年2月1日から施行された最新版の中国特許審査基準(以下、単に「審査基準」という)では、アルゴリズム要件及びビジネスルール・方法要件を含む特許出願の審査について、より詳細な規定が新たに定められている。

審査基準第二部第九章6.1.1及び6.1.2の規定によれば、請求項が、抽象的なアルゴリズムのみではなく、「技術的要件」を含む場合、特許法第25条第1項第(2)号によりその特許可能性を否定してはならない。一方、「技術的要件」を含む請求項について、上記特許法第25条第1項第(2)号の審査を行った後、第2条第2項の規定を満たすかについてさらに審査する必要がある。つまり、請求項に記載のすべての要件を全体的に考慮し、当該請求項には、解決しようとする技術的問題について、自然法則を利用し、自然法則に合う技術的効果を奏する技術的手段の採用が記載されているかについて考察する必要がある。

要するに、アルゴリズムに関わる請求項が「技術的要件」を含むとともに、技術的手段、技術的課題、技術的効果という3つの「技術的」条件を満足することは必須である。

上記原則的な規定に関して、審査基準では具体的な判断手法が例示されている。例えば、請求項において、アルゴリズムに関わる各ステップが、解決しようとする技術的問題と緊密に関連しており、例えば、アルゴリズムで処理されるデータが、技術分野において確実な技術的意味を持つデータであり、アルゴリズムの実行が、自然法則を利用してある技術的問題を解決する過程を直接反映し、かつ技術的効果を奏した場合、通常、当該請求項に係る発明は、特許法第2条第2項に記載の技術的ソリューションに該当する。

上記規定について、「技術的要件とは?」、「技術的課題、技術的手段、技術的効果とは?」、「自然法則とは?」、また、技術的と非技術的との間、自然法則への適合と不適合との間には明確な境界があるのかというような疑問が生じるであろう。

残念ながら、現在の中国の法律法規では、「技術」、「自然法則」などに関する明確な定義はなく、上述した規定の把握及び運用はほとんど、審査の実務経験の蓄積に基づくものである。したがって、典型的な審査実例を検討することは、上記規定を理解する上で重要である。

以下、実務でのいくつかの典型的な事例を検討する。

事例1

【請求項1】

現在オブジェクトの元の特徴を処理してディープニューラルネットワークの入力レイヤーに入力し、前記ディープニューラルネットワークの複数の非表示レイヤーによりトレーニングを行う元の特徴トレーニングステップと、

現在オブジェクトのリアルタイム特徴をディープニューラルネットワークの最後の非表示レイヤーに入力し、元の特徴との共同トレーニングを行うリアルタイム特徴トレーニングステップと、

前記ディープニューラルネットワークの出力レイヤーにより現在のオブジェクトの推定クリック率を出力する推定クリック率出力ステップと、

を含むことを特徴とするCTR推定方法。

本件の拒絶査定では、「請求項がニューラルネットワークのトレーニング手順にすぎず、技術分野に適用されていないため、クレーム対象は数学的な演算方法にすぎず、人為的に規定・調整されるアルゴリズムのルールであり、特許法第25条第1項第(2)号の知的活動の法則及び方法に該当するため、特許を受けることができない」と指摘された。

一方、不服審判請求の審決では、「本願が具体的な技術分野(CTR)、すなわち情報推奨分野に適用されるため、ディープニューラルネットワークで処理されるデータ(例えば、現在オブジェクト)が、推奨されるものであると考えられる。現在オブジェクトの元の特徴及び現在オブジェクトのリアルタイム特徴は、技術性を有し、かかる技術分野での通常の意味で解すべきである。…したがって、当該請求項の発明は、技術性を有するデータに対する入力、トレーニング、出力などの処理を行う技術的手段を採用している。…よって、請求項は全体として知的活動の法則及び方法に該当せず、特許法第25条第1項第2号の不特許事由に該当しない。」として、拒絶査定が取消された。

事例2

【請求項1】

対象保険の保険証券情報を取得することと、

前記対象保険の保険証券情報をディープニューラルネットワーク予測モデルに入力し、前記対象保険の事故発生データを予測して取得することとを含む保険の事故発生予測方法であって、

前記ディープニューラルネットワーク予測モデルは、入力特徴が保険証券情報で、出力特徴が事故発生データであり、

前記対象保険の保険証券情報をディープニューラルネットワーク予測モデルに入力し、前記対象保険の事故発生データを予測して取得することは、前記対象保険の保険証券情報に対する前処理を行い、前処理された保険証券情報をディープニューラルネットワーク予測モデルに入力し、前記対象保険の事故発生データを予測して取得することを含み、

前記対象保険の保険証券情報に対する前処理は、保険証券情報に含まれる被保険者データを年齢別に離散化し、離散化された被保険者データに対してワンホット符号化を行い、符号化された被保険者データに対して正規化処理を行うことを含む、

保険の事故発生予測方法。

本件の拒絶査定では、「請求項は保険の事故発生予測方法に関するものであり、離散化、ワンホット符号化、正規化等の手段により保険証券情報の前処理を行う。しかし、このような前処理の手段は実質上、人為的に定められた方法であり、技術的手段ではない。また、前処理された保険証券情報をディープニューラルネットワークに入力して、予測される事故発生データを取得すること、つまり、保険証券情報により事故発生データを予測する手段の採用は、保険事故発生データをどのように予測するかという課題を解決する。保険証券情報に基づいて事故発生データを予測することは、自然法則に適合する技術的手段ではなく、解決する課題は技術的な課題ではない。したがって、技術的ソリューションではなく、特許法第2条第2項に適合しない。」と指摘された。

一方、不服審判請求の審決では、「まず、クレーム発明が技術的ソリューションであるかについては、全体から判断すべきである。「保険証券」や「保険」、「予測」等の用語があるという理由だけで、技術的手段ではなく、技術的ソリューションではないと考えるべきではない。本願は保険証券データの処理に関するものであり、ディープニューラルネットワーク予測モデルにより、保険証券データを処理する発明として、様々な技術的手段を採用している。データの特徴をどのように抽出するかということは人為的に設定されるものであるが、かかる技術的手段による処理の技術性は否定できない。本願は上記技術的手段を採用することにより、事故発生データを取得することができ、保険証券データの手動処理では時間がかかり、効率が低いという問題を解決できる。取得されるものが事故発生予測データであるという理由で、自然法則に合わないと考えるべきではない。」として、拒絶査定が取消された。

事例3

【請求項1】

分類完全接続レイヤ、ハッシュレイヤ及びクラスタベクトル完全接続レイヤを含むディープハッシュニューラルネットワークに用いられるディープハッシュ学習方法であって、

画像であるトレーニングデータ、前記トレーニングデータのセマンティックラベル、分類完全接続レイヤ出力ベクトル、ハッシュレイヤ出力ベクトル、および、クラスタベクトル完全接続レイヤパラメータベクトルを取得することと、

前記トレーニングデータ、前記トレーニングデータのセマンティックラベル、前記分類完全接続レイヤ出力ベクトル、前記ハッシュレイヤ出力ベクトル、および、前記クラスタベクトル完全接続レイヤパラメータベクトルを用いて、単項ハッシュ損失関数、分類損失関数及び量子化誤差関数を計算することと、

前記単項ハッシュ損失関数、前記分類損失関数及び前記量子化誤差関数に基づいて、全体損失関数を計算すること、前記全体損失関数をディープハッシュニューラルネットワークに入力して逆伝播を行い、逆伝播後のディープハッシュニューラルネットワークをトレーニングして、画像検索に用いられるハッシュコードを生成するためのハッシュ関数を取得することとを含み、

前記単項ハッシュ損失関数は、前記クラスタベクトル完全接続レイヤパラメータベクトルをクラスタ中心ベクトルとして計算されるものである

ことを特徴とするディープハッシュ学習方法。

拒絶理由通知では、「請求項の解決する課題は実質上、ディープハッシュ学習アルゴリズムのさらなる改善であり、具体的な技術分野に適用されておらず、特許法上の技術的な課題に該当せず、特許法上の技術的効果を奏するものではない。請求項の規定はすべて、数学上のニューラルネットワークアルゴリズムの改良過程であり、技術的手段ではない。特許法第2条第2項に適合しない。」と指摘された。

出願人は、上記下線部を追加する補正を行うことにより、請求項が具体的な技術分野である「画像検索」に適用され、入力データが画像で、出力データが画像検索に用いられるハッシュコードデアルであることを明確にした。本件は補正クレームで特許査定を受けた。

上記3つの事例から、AI発明に関する中国特許審査の運用のポイントを以下のとおり整理できる。

1.請求項は具体的な技術分野に適用されるものでなければならない(例えば、事例1のCTR、事例2の保険事故発生予測、事例3の「画像検索」)。

2.クレームにおける入力データ、出力データは、上記具体的な技術分野における具体的な技術的意味を有するものでなければならない(例えば、事例1の現在オブジェクト(推奨事項)、推定クリック率)、事例2の保険証券情報、事故発生データ、事例3の「画像」、「画像検索に用いられるハッシュコード」)。

実務経験からすれば、上記2つのポイントは、アルゴリズムを含むクレームが満足すべき基本的な要件であるといえる。上記要件は審査基準に記載の、「請求項において、アルゴリズムに関わる各ステップが、解決しようとする技術的問題と緊密に関連しており、例えばアルゴリズムで処理されるデータが、技術分野において確実な技術的意味を持つデータである」という例示的な判断手法とは一致している。

さらに、事例1、2はともに、拒絶査定された後に不服審判請求で拒絶査定取消審決を受けた事例であることから、この分野では、審査官ごとの判断基準のバラツキや、実体審査と不服審判とでの判断基準の差異があることが見られ、この差異は特許出願の権利化可否に不確実性をもたらすが、トライアルの余地も生じている。

事例4

【請求項5】

ノードを有する入力レイヤと、中間レイヤと、出力レイヤとからなる制御、予測又は診断用の階層型ニューラルネットワークを学習する識別器学習方法であって、

階層型ニューラルネットワークにおけるノード間の重み、学習データ、トレーニングデータを記憶することと、

誤り訂正符号のチェックマトリックスに基づいて形成された疎結合を有する階層型ニューラルネットワークにおける複数のノード間の重みの複数の補正値を、記憶された前記トレーニングデータに基づいて算出することと、

前記補正値を用いて前記ノード間の重み値を更新することと、

重み値が更新された階層型ニューラルネットワークを用いて識別を行い、分類の問題または回帰の問題を解決し、記憶された初期化済の重み又は学習中の重みと、記憶された学習データとが入力されると、前記初期化済の重み又は学習中の重みと前記学習データの識別結果を重みの学習に使用し、かつ、学習済の重みと識別データとが入力されると、前記学習済の重み及び前記識別データを用いた識別結果を外部の伝送装置に出力することと、

を含むことを特徴とする識別器学習方法。

本件は拒絶査定され、さらに不服審判請求の審決では、「本願の実質上解決する課題は、階層型ニューラルネットワーク/アルゴリズム・数学モデルの高速化を如何にして実現するかということである。この問題はアルゴリズム・数学モデルの計算問題であり、特許法上の技術的な課題ではない。…上記手段は具体的な技術分野と結び付けられていない。実際に採用された手段は補正値、重み設定の自己定義であり、人為的な規定である。かかるデータは特許法上の技術的意味を有するものではなく、汎用のアルゴリズム・数学モデルデータである。一般的なコンピューターアーキテクチャにより上記非技術的データの記憶、計算及び更新等のアルゴリズム・数学モデルのプログラムを実行することは、特許法上の技術的手段ではない。…上記階層型ニューラルネットワーク装置は実質上、アルゴリズム・数学モデルである。「制御、予測又は診断用」は、アルゴリズム・数学モデルの機能属性であり、特許法上の具体的な技術分野ではない。…特許法第2条第2項に適合しない。」として、拒絶査定が維持された。
 
事例5

【請求項1】

N個のデータポイントに基づいて統計モデルのパラメータを決定する統計モデルパラメータの決定方法において(Nは2以上の整数である)、

N個のデータポイント及びN個のデータポイントのD個の属性を含むデータセットを受信して入力行列に編成すること(Dは1以上の整数である)、

前記入力行列に基づいて、K個のクラスタ中心、前記パラメータの初期値及び事後確率行列の初期値を設定し、事後確率は、k個目のクラスタ中心におけるn個目のデータポイントの事後確率を表し、前記パラメータの初期値に基づいて計算すること(Kは2以上の整数であり、1≦n≦N、1≦k≦K)、



各前記クラスタ中心における各データポイントの残差に基づき、前記M個のデータポイントのそれぞれについて、前記K個のクラスタ中心から、最大の残差を持つL個のクラスタ中心をそれぞれ選択すること、

Nがユーザーの数であり、各ユーザーにはD個の属性が含まれ、前記パラメーターを有する統計モデルを使用してユーザーをクラスター化し、各タイプのユーザーの消費習慣を判断すること、

を含むことを特徴とする統計モデルパラメータの決定方法。

本件は拒絶査定され、さらに不服審判請求の審決では、「…『Nがユーザーの数であり、各ユーザーにはD個の属性が含まれ、前記パラメーターを有する統計モデルを使用してユーザーをクラスター化し、各タイプのユーザーの消費習慣を判断する』との記載はあるが、請求項1の発明はこの分野における各パラメータの具体的な意味を反映していない。つまり、請求項1はユーザーの消費習慣判断という分野とは実質的に結び付けられていない。したがって、請求項1は具体的な分野に適用されたものではない。…上記手段の実質はアルゴリズム自体である。…特許法第2条第2項に適合しない。」として、拒絶査定が維持された。

事例4及び事例5はともに、事例1、2、3から学んだ「具体的な技術分野」と「入力データ、出力データが具体的な技術的意味を有すること」が基本的な要件であるという経験を反対側から裏づけた例である。ここで、事例4の分野(「制御、予測又は診断用」)は曖昧であり、具体的な技術分野を反映していない。入力データ、出力データ(「トレーニングデータ、重み、識別データ)」)などは具体的な技術的意味を有しない。また、事例5では、入力、出力データ(「データポイント、クラスタ中心」)などは具体的な技術的意味を有しない。したがって、この2例では特許にならなかった。              

2.疾患の診断・治療の方法について

審査基準第二部第一章4.3の規定によれば、疾患の診断及び治療の方法とは、生きているヒト又は動物を直接の実施対象として、病因又は病巣を認識・特定・除去するプロセスをいう。ただし、疾患の診断及び治療の方法を実施するための器具又は装置、および、疾患の診断及び治療の方法に使用される物質又は材料は、特許権を付与される対象となる。

審査基準4.3.1.2には、以下の各号の方法は、診断方法ではない例であることがさらに規定されている

「…

(2)直接的な目的が、診断結果又は健康状況を把握することではなく、生きているヒト又は動物から中間的結果としての情報を取得する方法、または当該情報(物理的パラメータ、生理学的パラメータ又はその他のパラメータ)を処理する方法。

(3)直接的な目的が、診断結果又は健康状況を把握することではなく、ヒト又は動物から分離された組織、体液、若しくは排泄物の処理又は分析を行うことにより、中間的結果としての情報を取得する方法、または当該情報を処理する方法。

上記(2)および(3)については、従来の医学知識及び当該特許出願の開示から得られた情報自体から、疾患の診断結果又は健康状況を直接導き出すことができない場合のみ、その情報は中間的結果として認められる。」

疾患の診断及び治療の方法は、審査基準では主に、「直接の実施対象」(生きているヒト又は動物)と「直接的な目的」(診断又は治療)との両方から規定されている。また、出力結果が「中間的結果」である方法については、「従来の医学知識及び当該特許出願の開示から得られた情報自体から、疾患の診断結果又は健康状況を直接導き出すことができない」ということが条件になる。

なお、いくつかの事例から、現在の中国の実務では、「疾患の診断及び治療の方法」の判断基準は審査基準の規定よりも厳しいことが見られている。以下に2つの典型例を示す。

事例6

【請求項1】

被検皮膚の皮膚画像を取得すること、

トレーニングされた畳み込みニューラルネットワークモデルを用いて、前記皮膚画像中の毛穴画像を認識すること、

認識された毛穴画像に対して画像処理を行い、毛穴色差の定量的指標、毛穴面積の定量的指標、毛穴密度の定量的指標のいずれか1つまたは任意の組み合わせを含む毛穴の定量的指標を取得すること、

を含むことを特徴とする顔の毛穴検出方法。

本件の拒絶査定では、「請求項は、顔の毛穴検出方法に関するものである。使用される『皮膚画像』は、生きているヒトを直接の対象として取得されたものであり、生きているヒトの様々な皮膚状態レベルを検出することを直接的な目的としている。明細書の記載によると、『皮膚の状態について、毛穴の定量的指標、毛穴の開きの度合いなどに基づいて、正常な皮膚、毛穴の開きが軽度の皮膚、毛穴の開きが中程度の皮膚などの皮膚状態レベルに分類することと、毛穴の開きに関する医学的診断の結果に基づいて、単純な毛穴の開き、過剰な皮脂分泌による毛穴の開きなどに分類することとを含む。』ということである。つまり、この方法によれば、毛穴の開きに関する医学的診断の結果を把握することができ、これは疾患診断の目的に該当する。このように、特許法第25条第1項第(3)号に記載の疾患の診断及び治療の方法に該当するため、特許を受けることができない。」と指摘された。

本件の請求項では、方法の直接の実施対象は実質上、人体皮膚自体ではなく、「皮膚画像」である。また、方法の直接的な目的は直接の皮膚疾患の診断結果ではなく、「皮膚の定量的指標」を取得することである。しかしながら、拒絶査定では「皮膚画像は生きているヒトを直接の対象として取得されたものである」と認定された。つまり、審査基準に規定する「対象」の範囲を広く解釈する運用が取られた。また、明細書には皮膚の定量的指標に基づいて診断結果が得られるとの記載があるため、審査基準の「従来の医学知識及び当該特許出願の開示から得られた情報自体から、疾患の診断結果又は健康状況を直接導き出すことができない場合のみ、その情報は中間的結果として認められる」という規定を満たしていない。その結果、この出願は特許を受けることができなった。

事例7

【請求項9】

穿刺経路計画装置に適用される穿刺経路計画方法であって、

被検対象の予め設定された領域の超音波画像を取得することと、

前記超音波画像における被検対象体内のターゲット領域の位置決めポイントの位置決め位置、前記位置決め位置から被検対象の体表までの第1の距離、および、被検対象体内のターゲットポイントの位置決め領域に基づいて、被検対象の体表における第1の穿刺点位置、第1の穿刺角度、および第1の穿刺距離を含む、ターゲットポイントまでの第1の穿刺経路を計画することと、

前記超音波画像及び前記第1の穿刺経路を表示することと、

を含むことを特徴とする穿刺経路計画方法。

本件の拒絶理由通知では、「請求項は、取得した被検対象体内の超音波画像情報に基づいて、穿刺器具の穿刺経路を計画し、経路計画の結果に従って、手術における医者の穿刺操作を案内する穿刺経路計画方法に関するものである。つまり、この穿刺経路計画方法は実質上、生きているヒトを実施対象とする方法であり、外科手術による治療方法の実施のために採用される補助手段であるため、疾患の治療方法に該当する。よって、請求項は特許法第25条第1項第(3)号に記載の疾患の診断及び治療の方法に該当するため、特許を受けることができない」と指摘された。

本件の請求項では、方法の直接の実施対象は「超音波画像」であり、得られた結果は「第1の穿刺経路」であり、方法自体は、治療や生体への介入操作を含まない「データからデータへ」のデータ処理である。しかしながら、拒絶理由通知では、この方法は「外科手術による治療方法の実施のために採用される補助手段であるため、疾患の治療方法に該当する」として、特許を受けることができないと判断された。本件から、現在の運用では、疾患の治療方法の判断基準は、審査基準に規定する「直接の実施対象」と「直接的な目的」の基準よりも厳しいことが分かる。すなわち、方法の結果が治療補助(例えば、外科手術補助)である場合、方法自体では直接の実施対象が生きているヒトや動物ではなく、直接的な目的も治療ではなく、生体への介入操作もない場合でも、「疾患の治療方法に該当する」という理由により特許を受けることができないと判断される可能性がある。

.明細書の作成に関するアドバイス

上記の法的要件と事例を踏まえ、AI関連発明の中国での権利化について、読者様の参考までに、明細書作成に関するアドバイスを以下のとおり整理する。

①トレーニングのプロセスは証明し難いので、応用に関するクレームをできるだけ設けるべきである。

②保護対象について、アルゴリズムが適用される具体的な技術分野(例えば、画像認識、事故発生予測など)をクレームに反映することは必須である。クレームにはアルゴリズムが「制御」、「分類」などのより一般的な技術分野に適用されることのみが規定される場合、拒絶されるリスクがある。

クレームにおけるアルゴリズムは具体的な技術分野と緊密に結びつける必要がある。少なくとも、アルゴリズムの入力データ、出力データは、かかる分野における技術的な意味を有するものにすべきである。アルゴリズムの入力データ、出力データが、具体的な技術上の意味を有しないデータ、例えば「サンプル」、「トレーニングデータ」、「クラスタ結果」などである場合、拒絶されるリスクがある。

明細書には、課題及び効果を技術的な観点から明記し、数学上の効果やユーザーの主観的な体験などを直接または唯一の効果として書くことをできるだけ避けるべきである。

明細書には、アルゴリズムが具体的な技術分野の応用場面においてどのように実行されるかを示す例及び応用場面の概略図を示すべきである。

なお、現在の審査基準によれば、クレームの本質が抽象的なアルゴリズムである場合、クレームにプロセッサやメモリなどの汎用ハードウェアを加えて、これらのハードウェアによってアルゴリズムが実行されることを記載しても、保護対象の問題により拒絶されるリスクは低くならない。

③医療関連発明について、クレームにおける方法の出力結果は、「従来の医学知識及び当該特許出願の開示」から、疾患の診断結果や健康状態を直接把握できる情報であってはならない。明細書には、出力結果から疾患の診断結果や健康状態を直接把握できるような記載はしないように留意すべきである。

クレームに治療補助、生体への介入などに関係する手順の記載は避けるべきであり、このような手順を連想させる用語(例えば、穿刺、カット)の記載もしないように留意すべきである。

明細書には、課題・効果について、診断や治療(治療補助)などを記載しないように留意し、その代わりに、医療の目的ではない「画像認識の精度の向上」、「経路計画の効率の向上」などを記載すべきである。

なお、医療に関わるAIアルゴリズムの発明について、疾患の診断・治療方法の問題を避けるために、装置クレームや、方法に対応するプログラムモジュールの構成のクレームを設けることが考えられる。

以上は、法的規定と実務経験からまとめたアドバイスであり、少しでもお役に立てば幸いである。
 
(2020)

ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
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