化学分野において、「予想外の効果」を有すると唱える特許の無効化は通常、困難である。本件は、参考になれる無効化戦略を示してい...
近日、明陽科技(蘇州)股份有限公司(以下、明陽科技という)の社長一行は弊所にご来訪いただいた。弊所弁理士が同社の無効宣告請...
電気分野における中国実用新案権の安定性についての一考察


北京林達劉知識産権代理事務所
電気電子部部長 中国弁理士
王 小香
 電気電子部副部長 中国弁理士
陳 濤
 
前書き

中国は専利出願大国となっている。三種類の専利(特許、実用新案、意匠)出願のうち、実用新案の出願件数は最も多い。2016年間では、SIPOが受理した専利出願の件数は総計346.5万件である。そのうち、特許出願は133.9万件で、総件数の38.6%、実用新案出願は147.6万件で、総件数の42.6%、意匠出願は65万件で、総件数の18.8%となった(かかるデータはSIPO2016年度専利統計報告書によるものである)。

毎年の専利行政摘発事件のうち、実用新案に係る事件の比率は特許に係る事件よりも遥かに大きい。例えば、国家知識産権局の統計によれば、2014年に各地方の知識産権局に受理された専利紛争事件合計8220件のうち、特許権に係る事件は1239件で、総件数の15.1%、実用新案権に係る事件は3603件で、総件数の43.8%、意匠権に係る事件は3378件で、総件数の41.9%となった。(かかるデータはSIPO公式サイトによるものである)。

審判委員会が毎年受理した無効審判請求も、実用新案権に対する請求件数が最も多かった。2016年、実用新案権に対する無効審判請求は1831件であったのに対して、特許権に対する無効審判請求は916件であった。また、意匠権に対する無効審判請求は1222件であった。

上記データから分かるように、実用新案権は中国の三種類の専利において重要な地位を占めている。そして、プラクティスでは、まともな実体審査を受けずに登録になる実用新案権の安定性は一体、如何なのか?どの要素が実用新案権の安定性に影響を及ぼすか?この答えを探すために、筆者は審判委員会の公式サイトに公表された、審決日が2017年1月~2017年8月の間で電気分野に属する148件の実用新案無効審判の審決を検討し、かつこれら無効審判を統計・分析したことで、電気分野での実用新案権の安定性について考察する。

I. 統計データ

上述した電気分野での148件の実用新案無効審判のうち、全部無効は80件で、総件数の54%、一部無効は25件で、総件数の17%、有効審決は43件、総件数の29%であった。有効審決43件において、証拠の公開日不明で権利有効となったケースが1件、請求人が提出した重要な証拠が誤ったことで権利有効となったケースが1件あった。

また、審決日が2016年8月12日~10月31日の間である200件の実用新案無効審判の審決を(技術分野を分けずに)検討した。そのうち、全部無効は101件で、総件数の50.5%、一部無効は27件で、総件数の13.5%、有効審決は72件、総件数の36%であった。

また、審決日が2012年6月より前である5832件の実用新案無効審判のうち、全部無効は2966件で、総件数の50.8%、一部無効は855件で、総件数の14.7%、有効審決は2011件、総件数の34.5%であった。

上記3つの異なる期間の統計データは大きな相違がある。これは、実用新案無効審判の現時点の全体的な状況をある程度で説明できる。すなわち、無効審判請求された実用新案権のうち、全部無効及び一部無効となったのは約65%~70%、権利有効となったのは約30%~35%であった。

II. 実用新案権の安定性に影響する要素

上記統計データから分かるように、実用新案権の有効審決の比率は高くない。では、実用新案権の安定性に影響する要素は何なのかを考察してみよう。

まず、出願書類の作成品質は実用新案権の安定性に影響する重要な要素となる。上述した無効審判に係る実用新案には、請求項の権利範囲が非常に広くて先行技術を明らかに包含しているものがある。この場合、他社が侵害となるリスクは高くなるが、当該実用新案権に対して無効審判を請求する可能性も高くなり、当該権利が無効化される可能性も非常に高い。

また、無効審判では権利者が積極的かつプロフェッショナルに対応することも非常に重要である。

上記148件の無効審判の審理において、口頭審理を行ったのは146件である。口頭審理を行わなかった2件の状況は特別である。その1件では、権利者は意見書を提出したが、請求人の提出した証拠の真実性を認めたこと以外の意見を述べなかったので、請求人が口頭審理を行わずに書面審理を行うことを請求したことに鑑み、審判委員会は当該請求を認めた。別の1件では、権利者が請求項を補正したので、請求人は口頭審理の前に無効審判請求を取り下げた。

上記口頭審理を行った無効審判146件のうち、権利者が口頭審理に参加したのは104件、権利者が欠席したのは42件であった。権利者が口頭審理に参加した104件のうち、有効審決は38件、一部無効は22件、全部無効は44件であった。また、権利者が欠席した42件のうち、有効審決は5件、一部無効は2件、全部無効は35件であった。このように、権利者が口頭審理に参加して積極的に対応した無効審判の有効審決または一部有効の比率は、権利者が口頭審理に参加しなかった無効審判の有効審決または一部有効の比率よりも遥かに高い。

下記2つの事例から明らかなように、権利者が無効審判請求に対して積極的かつ確実に対応するか否かは時には無効審判の結果に大きな影響を及ぼす。

事例1:審決番号31988の無効審判において、実用新案は生化分析装置の技術分野に属し、USB通信に基づく示差走査熱量計に関する。請求人は証拠1と証拠2との組み合わせを用いて請求項1の進歩性欠如を主張した。そのうち、証拠1は本考案と同一の技術分野に属し、示差走査熱量計でもある。しかし、証拠2と本考案とは技術分野がまったく異なる。証拠2にはUSBコネクターの2.4G電子タグカード発行装置が開示されている。通常、権利者は、本考案の進歩性を判断するとき、技術分野が異なる証拠2を考慮すべきではない理由を提示することができる。しかし、当該権利者は意見を述べず、口頭審理に参加せず、最終までいかなる主張も提出しなかった。よって、審判委員会は、当該実用新案の請求項1が証拠1、証拠2及び当業者の慣用手段の組み合わせに対して進歩性を有しないと認定し、かつ全部無効となる旨の審決を出した。

事例2審決番号33061の無効審判において、実用新案は無線充電技術に基づく光起電力モジュール清掃装置に関する。請求人は、請求項1が引用文献1と技術常識との組み合わせに対して進歩性を有しておらず、引用文献2に対して進歩性を有しないと主張した。当該事例において、引用文献1及び引用文献2は本考案と非常に類似している。しかし、権利者は口頭審理に積極的に参加して主張を提出した。具体的には、「無線充電技術を光起発電の清掃装置に用いることにより、移動範囲が制限され、作動時間が天気状況による影響を受けるという問題を解決することは、当業界の技術常識ではない。また、引用文献2と本考案とは同一の技術分野に属しないため、引用文献2によって本考案の進歩性を評価できない。」と主張した。最終には、当該実用新案権が有効であることを認めるように審判委員会を説得した。

さらに、実用新案の進歩性の判断基準は実用新案権の安定性に大きな影響を及ぼす。

上述の一部無効となった25件のうち、権利者が補正した請求項に基づいて権利の有効性を認めたのは12件であり、一部の請求項が無効となって他部の請求項が有効である旨の審決が出されたのは13件であった。上述の一部無効となった13件及び全部無効となった80件において、審判委員会の使用した無効理由(請求項1のみを対象としたもの)は、進歩性欠如(75件、80.6%)、新規性欠如(16件、17.2%)及び実施可能要件違反(2件、2.2%)であった。他の無効理由、例えば、技術的範囲の不明確さ、サポート要件違反、必須要件欠如及び保護対象外などの無効理由はなかった。

進歩性欠如が実用新案無効審判に最も多く使用された無効理由であるのは疑問の余地がない。第二位は新規性欠如である。実用新案に対する無効審判請求の無効理由のうち、新規性欠如及び進歩性欠如のほか、不明確性の問題やサポート要件違反などの無効理由も常に使用される。しかし、これら無効理由が審判委員会に認めて採用されたのは少ない。

その理由は以下のとおりである。審判委員会にとって、新規性欠如または進歩性欠如を無効理由とすることが可能であれば、他の無効理由について検討する必要はない。無効審判では、通常、請求項への説明を行う。表現上では不明確となる構成であるが、明細書に基づいてそれを理解すれば、合理的な説明を取得し得るのは一般的である。このように、不明確性の問題やサポート要件違反などの理由の適用は困難となる。また、実用新案の方式審査では、審査官は、保護を求める考案が実用件案権の保護対象に該当するか否かを厳しく審査する。保護対象外となる実用新案出願は登録されにくい。よって、保護対象外という無効理由もほどんと正式な審決に書かれない。

上記データによれば、進歩性欠如は実用新案無効審判に最も多く使用された無効理由であるので、実用新案の進歩性の判断基準は実用新案権の安定性に大きな影響を及ぼす。よって、実用新案の進歩性の判断基準も実用新案権の安定性に影響する非常に重要な要素となる。以下、この要素について検討する。

III. 実用新案の進歩性の判断基準

1.法的規定

特許法第22条第3項には、「進歩性とは、公知技術に比べて、その発明が格別の実質的特徴及び顕著な進歩を有し、その実用新案が実質的特徴及び進歩を有することをいう」と規定されている。この規定から分かるように、実用新案の進歩性基準は発明より低い。しかし、この規定は曖昧であるため、実務で適用されにくい。

中国審査指南には、実用新案及び特許の進歩性判断の相違が具体的に規定されている。中国審査指南第4部第6章には

「進歩性有無の判断基準についての両者の相違は主に、先行技術に「示唆」があるか否かで示される。先行技術に「示唆」があるか否かを判断する際に、特許と実用新案とは相違がある。このような相違は、以下に挙げる2点で示される。

(1)先行技術の分野

特許については、当該特許の属する技術分野のみならず、それに近い分野または関連分野、及び当該発明が解決しようとする課題に応じて当業者が技術的手段を探り出すこととなるほかの技術分野を合わせて考慮しなければならない。

実用新案については、一般的には、当該実用新案の属する技術分野に着眼して考慮する。ただし、先行技術が明らかな示唆を与える(例えば、先行技術に明確な記載がある)ことで、当業者が近い分野または関連分野から関連技術的手段を探り出すこととなる場合には、その近い分野または関連分野を考慮してもよい。

(2)先行技術の数

特許については、1つや2つ、或いは複数の先行技術を引用してその進歩性を評価することができる。

実用新案については、一般的には、1つや2つの先行技術を引用してその進歩性を評価することができる。先行技術を「簡単に組み合わせる」ことによってなされた実用新案について、状況に応じて複数の先行技術を引用してその進歩性を評価することができる。」と規定されている。

したがって、中国審査指南には、実用新案と特許とは進歩性の判断基準が先行技術の分野と先行技術の数の2点で相違することが明確に規定されている。

2.関連判例

実用新案の進歩性に関する審判委員会の判断基準を検討する前、まず「(2011)知行字第19号」行政裁定書から、最高裁判所による実用新案の進歩性判断についての見解を学んでおこう。関連事例について、以下のとおり簡単に説明する。

第97216613.0号実用新案の請求項1は以下のとおりである。

「外グリップと、外グリップ内に取り付けられた内グリップと、内グリップに接続された力測定センサと、ケース内に取り付けられた検出表示装置とを備える握力計において、前記力測定センサは復数のボスを有する弾性体梁であり、前記力測定センサはつかみ幅調整装置によって前記内グリップに接続されていることを特徴とする握力計。」

審判委員会は第12613号審決を発行した。証拠7には体力測定器が開示されている。証拠2には携帯型数字表示電子はかりが開示されている。請求項1と証拠7との相違点は、(1)力測定センサは復数のボスを有する弾性体梁である点と、(2)検出表示装置がケース内に取り付けられた点とにある。審判委員会は、「上記相違点(1)及び(2)はすべて証拠2に開示されている。また、証拠2と本考案や証拠7とは力測定装置という同一の技術分野に属する。請求項1は証拠7と証拠2との組み合わせに対して進歩性を有しない。」と指摘し、当該実用新案権を全部無効にすることを決定した。

権利者が不服として行政訴訟を提起した。第一審の裁判所は上記審決を維持した。権利者は引き続き提訴した。第二審の裁判所は、「本考案は握力計であるのに対して、証拠2に開示されたものは携帯型数字表示電子はかりであり、重力測定装置である。両者の発明の目的及びセンサの力受け方向がすべて異なるため、両者は異なる技術分野に属する。当業者は、他の技術分野に属するセンサを本考案の技術分野に用いることに容易に想到できない。」と認定し、第一審の判決を取り下げた。

審判委員会は不服として、再審査を最高裁判所に請求した。

最高裁判所の見解は以下のとおりである。

  関連権利は、「握力計」を名称とした実用新案権である。進歩性有無を判断するとき、まず握力計の属する分野及び近い分野または関連分野を認定すべきである。技術分野の認定は、請求項に規定されている内容を基準とすべきである。一般的には、考案の主題名に考案の実現する技術的機能及び用途を組み合わせて技術分野を認定する。国際特許分類における当該考案の最小分類はその技術分野の認定の参考になる。近い分野とは、実用新案に係る製品の機能及び具体的な用途に近い分野をいう。関連分野とは、実用新案と最も近い先行技術との相違点の適用可能な機能分野をいう。

本考案は、技術的機能が力測定装置であり、具体的な用途としては人の手の握力を測定することである。

実用新案の進歩性を評価するとき、通常、実用新案の属する技術分野の先行技術と主に比較すべきである。ただし、先行技術には、近い分野または関連分野からかかる手段を探り出すように当業者に教示する示唆がある場合、近い分野または関連分野の先行技術を考慮することもできる。

力測定センサの進歩性を評価するために、審判委員会は証拠2を考慮した。握力計と電子はかりはすべて力測定装置であるが、両者はそれぞれ異なる特定の用途を有し、かつ同一の技術分野に属しない。しかし、両者は機能が同一であり、用途が類似している。両者の力測定センサの力測定原理はほぼ同一である。よって、携帯型数字表示電子はかりは当該考案に近い技術分野として認定できる。しかし、先行技術には明らかな示唆がないので、本考案の進歩性を評価した時に携帯型電子はかりの力測定センサを考慮した審判委員会の判断は法律適用の誤りとなった。このため、最高裁判所は審判委員会による再審請求を棄却した。

3.先行技術の分野について

(1) 技術分野の認定

技術分野について、専利審査指南の第2部第2章2.2.2には「発明又は実用新案の技術分野は、保護を求める発明又は実用新案が所属するか又は直接に応用される具体的な技術分野であり、上位又は隣接の技術分野ではなく、発明又は実用新案そのものでもない。当該具体的な技術分野は、一般的に、発明又は実用新案の国際特許分類に区分され得る最小分類に関係している。」と規定されている。さらに、専利審査指南は、掘削機のアームの切断面を従来の長方形から楕円形に変更することが特徴点である掘削機アーム発明を例として、この場合には、発明の技術分野は上位の建設機械ではなく、掘削機であり、より具体的には、掘削機のアームである、と説明している。

専利審査指南も最高裁判所も国際特許分類における特許の最小分類が技術分野の認定の参考になるとしている。ただし、どれほど参考にできるかについては、明確な規定はない。

上記無効審判148件のうち、進歩性欠如を理由として権利が無効とされたか、または一部無効とされた事例が75件であった。これらの事例では、独立項1に対して、証拠の組み合わせ方式は次のとおりである。「証拠1件+技術常識」は38件で、総件数の50.7%、「証拠2件+技術常識」は13件で、総件数の17.3%、「証拠2件の組み合わせ」は24件で、総件数の32%、「証拠3件+技術常識」は2件で、総件数の2.6%であった。そのうち、審判委員会が証拠の二つ以上の組み合わせ方により請求項1を評価したケースは2件であった。これらの審決に使用された証拠は合計で116件となる。

そのうち、無効審判請求の対象となった実用新案の分類(主分類と副分類を含む)と同じ分類を有する証拠は54件で、全体の46.6%を占めている。

このように、国際特許分類における特許の最小分類は確かに、技術分野の認定への参考となっている。実用新案と証拠が同じ分類の場合、基本的には両者が同一の技術分野に属すると認定できる。一方、分類が異なる場合には、考案名や考案の効果・機能、用途に基づいて両者が同一の技術分野に属するか否かをさらに判断する必要がある。

上述した「握力計」事件では、審判委員会と最高裁判所とは、次の点について異論を持っている。審判委員会は「握力計と携帯型数字表示電子はかりはいずれも力を測定するためのものであり、力を測定する原理は本質的に同一であるため、同一の力測定装置の技術分野に属する」と判断した。

これに対して、最高裁判所は「握力計と携帯型数字表示電子はかりはいずれも力を測定するためのものであるが、具体的な特定の用途が異なっているので、同一の技術分野に属しない」と判断した。審判委員会の見解と最高裁判所の見解とも一理があり、審判委員会の上記見解が妥当ではないとは言えない。実質上、両者の食い違いは実用新案の進歩性の高さに関する判断基準が異なっている点にある。

実用新案の進歩性を判断するための先行技術の技術分野を厳格に制限するという、上記「握力計」事件に反映された扱い方では、実用新案の進歩性の判断基準が大幅に低くなり、発明の進歩性要求とは明確に異なる。最近の無効審判において、実用新案の進歩性判断について、審判委員会がこのような判断基準を厳格に遵守するか、それとも、柔軟なやり方を採用しているかについては、以下、例を挙げて説明する。

(2)審判委員会の技術分野への考え及び関連判例

審査指南には発明と実用新案の進歩性の判断基準の相違が明確に規定されているので、今回収集した電気分野の無効審判例において、請求人が実用新案とほぼ同じ分野の証拠を提出し、技術分野について特に争わなかったケースのほうが圧倒的に多く、実用新案と異なる分野の証拠を使用して分野について議論したケースは少なかった。審決には先行技術の分野について特に言及されたケースもあれば、審判委員会が実用新案と異なる分野の証拠を用いて進歩性を否定したケースもあった。このため、これらの無効審判例から、審判委員会の技術分野への考え及び扱い方を概ね把握することができ、具体的には、下記①~⑤に大別できる。

①「握力計」事件における最高裁判所の見解に従って、考案名、考案の機能、用途を考慮して技術分野を認定し、実用新案の進歩性判断に使用する先行技術を、実用新案と同一の技術分野を有する先行技術に限定しながら、先行技術には明確な示唆がある場合には、近い分野または関連分野の先行技術も考慮する。

上述した事例2はこのような考えを示す典型的な例である。機能からすれば、本件実案と引用文献2はいずれも清掃機能を有するが、具体的な用途が異なっているので、両者は異なる技術分野に属する。しかし、両者は近い技術分野に属するので、審判委員会は「引用文献2の清掃装置を光起電力装置の清掃に用いるような示唆がない」とさらに指摘している。

②実用新案と同じ分野の先行技術を用いてその進歩性を評価したが、「同一の技術分野」に対する理解は「握力計」事件における最高裁判所の見解と異なる。典型的な事例としては、以下の事例が挙げられる。

事例3:審決番号33159の無効審判事例では、本件実案の請求項1はスイッチパネルに関するものである。引用文献1はソケットパネルである。実用新案権者は、引用文献1と本件実案とは技術分野が異なっているという見解を明確に述べた。しかし、審判委員会は「引用文献1はソケットパネルであり、本件実案はスイッチパネルであるものの、当業者は、スイッチパネルとソケットパネルがいずれも一般的な建設用電気パネルであることを知っている。電気設備に電源を供給するためのものと、電気設備のスイッチとして用いられるものとで、役割は異なっているが、構造の大きさや取付位置は類似している。そして、それらの構造のため、いずれも台座の取付による変形の問題がある。換言すれば、引用文献1と本考案とは技術分野が同一であると言える。」と判断した。

事例4:審決番号31773の無効審判では、本件実案は温度表示機能付きのフルーツジュースマシンに関するものであり、証拠8にはスターラーが開示されている。審判委員会は「証拠8は本件実案と同一の技術分野に属し、かつ当業者は証拠8におけるスターラーを野菜または果物の加工に用いてフルーツジュースマシンとして使用することに容易に想到でき、これは加工対象に対する具体的な選択に過ぎず、創意工夫をせずともなし得ることである。」と判断した。

事例3では、審判委員会は綿密な検討を経てソケットパネルとスイッチパネルとは同一の技術分野に属するという結論を出した。事例4では、審判委員会はフルーツジュースマシンとスターラーとは同一の技術分野に属すると直接認定した。

③実用新案と同一のまたは近い分野の先行技術を用いてその進歩性を評価し、かつ同一の技術分野と近い技術分野を区別して取り扱っていない。典型的な事例として下記の事例が挙げられる。

事例5:審決番号32291の無効審判では、本件実案は識別可能なバーベキュー用串に関するものであり、引用文献1は無線周波数識別タブ付きの食器、例えば箸などに関するものである。この違いについて、審判委員会は「バーベキュー用串はクッキング用品で、箸などの食器はダイニング用品であり、両者はやや異なっているが、バーベキュー用串と箸はいずれも日常生活においてよく使用される食事用品であり、かつ食事時に同時に使用される場合が多い。このため、両者は技術分野において実質的に近接しており、本質的な差異がなく、ダイニング用品に無線周波数識別タブを設ける手段をクッキング用品に用いることも当業者が容易に想到できる。引用文献1には無線周波数識別技術をバーベキュー用串に用いることが示唆されている。」と判断している。

事例6:審決番号31717の無効審判では、本件実案はダイナミック型ランダムアクセスメモリに関するものであり、証拠1には電子プラグ板、証拠13にはメモリモジュール及びそのカバーが開示されている。審判委員会は「証拠1、証拠13と本件実案とは同一の、または近い技術分野に属し、証拠13が実現しようとする機能及び解決する課題は本件実案の請求項1が解決しようとする課題と同じであり、当業者は証拠13と証拠1とを組み合わせて当該課題を解決する発明をなすことに容易に想到できる」と判断している。

事例5では、審判委員会は綿密な検討を経て「バーベキュー用串と箸のような食器は技術分野が近い」と判断している。事例6では、審判委員会は「証拠1、証拠13は本件実案とは同一の、または近い技術分野に属する」と直接判断している。

④進歩性判断時に、技術分野が同じであるか否かに言及せず、機能が同じで応用場面が異なる先行技術をもって、特定の用途を規定した実用新案の進歩性を判断する。典型的な事例としては、下記の事例が挙げられる。

事例7:審決番号31181の無効審判では、請求項1は、USBインターフェースを備えたカメラバッテリーに関するものであり、引用文献1は、照明機能を有する携帯型バッテリーパックである。両者の相違点は、「本件請求項1では、USBインターフェースを備えて外へ給電するものはカメラバッテリーであるのに対し、引用文献1では、USBインターフェースを備えて外へ給電するものは携帯型バッテリーパックであり、2つのバッテリーの具体的な使用場面が異なる」点にある。審判委員会は、「引用文献1をベースにして、当業者は、各種の電源がUSBインターフェースを介して外へ給電するように引用文献1に開示される構造を各種の電源に適用することに容易に想到し得る。すなわち、当業者は、外へ給電できるようにカメラバッテリーに上記構造を設けることにも容易に想到し得る。」と判断している。

事例8:審決番号31621の無効審判では、本件実案は、インライン回路基板でシャント装置を自動検出判定するものであり、証拠1は、転送検出装置を開示し、半導体やパネル等の技術産業に関する。特許審判委員会は、「回路基板およびパネル、半導体はすべて電子工業分野の一般的な部材であり、生産中に精密検出を行う必要がある。当業者は、証拠1に開示の検出装置を回路基板の検出に適用するとともに、検出が必要になる特徴に応じて証拠1の装置を適宜改良することに容易に想到し得る。」と判断している。

事例9:審決番号31179の無効審判では、本件実案は、スケール付きリングコールド小車正確位置決めシステムである。証拠1は、スケール付き正確位置決めシステムを開示しているが、スケール付き正確位置決めシステムの具体的な応用場面を開示していない。この相違点について、特許審判委員会は、「証拠1には、スケール付き正確位置決めシステムは、軌道に対する軌道上を走行している移動機関車の位置決めに適用可能であることが開示されている。当業者は証拠1から、移動機関車の位置決めシステムをリングコールド小車の位置決めに適用することに想到し得る。」と判断している。

⑤技術分野を考慮せずに、他の技術分野における先行技術と最も近い先行技術とを組み合わせて実用新案の進歩性を判断する典型的な事例は、上述した事例1である。

よって、現時点の無効審判において、実用新案の進歩性判断時に、技術分野の認定については、審判官によって考えが異なる可能性もある。

4.先行技術の数について

中国審査指南では、実用新案の進歩性判断時に引用される先行技術の数が制限されており、通常、2件を超えてはならない。しかしながら、「簡単な寄せ集め」にすぎない実用新案については、複数の先行技術を引用してもよい。

進歩性欠如の理由により全部無効又は一部無効とされる上記75件では、独立項1に対する証拠の組み合わせ方については、1つの証拠+技術常識は38件で、50.7%を占め、2つの証拠+技術常識は13件で、17.3%を占め、2つの証拠の組み合わせは24件で、32%を占め、3つの証拠+技術常識は2件で、2.6%を占める。上述のことから分かるように、特許審判委員会は先行技術の数という要因を考慮した上で、3件以上の先行技術を組み合わせて進歩性を判断することをできるだけ避けるが、複数の先行技術の組み合わせを採用する場合もある。

事例10:審決番号32207の無効審判では、特許審判委員会は、「引用文献2、引用文献4、引用文献6及び慣用手段は請求項1に記載の撮像ブロックの対応部分をそれぞれ開示している。そして、これら既知の部分を組み合わせて、各部分は通常動作し、その達成する効果は各部分の効果の合計であり、組み合わせた構成同士は機能上で相互作用がなく、簡単な寄せ集めに過ぎないため、請求項1は進歩性を有しない。」と判断している。

要するに、先行技術の数が争点となったケースはほとんどない。

5.実用新案の進歩性判断時の他の要因

(1)技術常識

上述の証拠の組み合わせ方からすれば、進歩性欠如の理由により全部無効又は一部無効とされた上記75件では、70.7%のケースにおいて技術常識が使用されている。このことから、①特許審判委員会は、複数の証拠の使用を避けるために技術常識を使用する可能性がある点と、②技術常識への認定も実用新案権の安定性に影響を与える要因の1つである点という2点が分かる。

技術常識は、特許審査及び無効審判において把握し難いところである。実体審査においても、無効審判においても、中国審査指南には、技術常識への認定を裏付けるために証拠を提示しなければならないことが規定されていない。例えば、中国審査指南第4部第8章第4.3.3節には、「ある技術的手段が当業界の技術常識であることを主張している当事者は、その主張に対して証拠を挙げる責任を持つ。当該当事者は、当該技術的手段が当業界の技術常識であることについて証拠を挙げて証明していないか、若しくは十分説明できず、かつ相手当事者がこれを認めない場合には、合議体は、当該技術的手段が当業界の技術常識であるとの主張を支持しないものとする。」と規定されている。

無効審判では、十分説明することにより、ある構成が技術常識であることを主張できる。一般的には、相違点が技術常識であると認定されたケースでは、特許審判委員会は十分な説明をした。しかも、その説明は説得力を有するものである。ただし、証拠が使用されていないので、技術常識への認定はある程度の不確実性がある。

事例11:審決番号32167の無効審判では、本件実案はファストフード遠隔決済装置であり、証拠1は携帯型ファストフード決済装置を開示している。両者の相違点は、「携帯型チャージユニットは、第三者決済プラットフォームと携帯端末とを含み、前記携帯端末の内部には、情報送信モジュールが設けられており、該携帯端末は、前記情報送信モジュールを介して第三者決済プラットフォームの信号に接続され、前記第三者決済プラットフォームは、ネットワーク接続モジュールを介してデータ処理モジュールの信号に接続され、前記データ処理モジュールはストレージサービスモジュールの信号に接続され、前記データ処理モジュールは前記ネットワーク接続モジュールを介して前記情報送受信モジュールの信号に接続されてメインコントローラと電気的に接続される」点にある。すなわち、本考案は、引用文献1に公知のモバイル決済技術を組み合わせたものである。特許審判委員会は、「当業者は、携帯端末を用いて第三者決済プラットフォームを介してファストフード分野の業者に発行されるプリペイドカードにチャージすることによって上記課題を解決することに容易に想到し得る。これは創意工夫をせずともなし得るものである。」と判断している。

事例12:審決番号32949の無効審判では、本件実案は都市のランプ支柱を利用して建設される簡易な基地局であり、証拠1は、通信基地局用鋼管ロッドを開示し、証拠2は、基地局ポールタワーを開示している。証拠1及び証拠2のいずれにも、「移動通信基地局の電源入力端は固定設備内の電気供給ラインに接続されている」という構成が開示されていない。特許審判委員会は、「上記相違点が存在するため、本件によれば、既存の固定設備内から電気を取得することができ、施工が便利でコストが低い。請求人は、上記相違点は当業界の慣用手段であることを示す根拠や十分な理由を提示していない。」と判断している。

上述の事例からすれば、技術常識は、実用新案権の安定性に影響を与える不確実な要因である。もちろん、特許権の安定性についても同じである。予見可能な将来、この不安定性は引き続き存在する。無効審判請求人にとって、技術常識を証明するために教科書、技術辞書や技術マニュアルなどの証拠を挙げられなくても、複数の特許文献を提供することができる。これにより、合議体の心証に影響を与えることができる。

(2)他の要因

中国審査指南第4部第6章第4節には、「実用新案の進歩性の審査に関する内容は、進歩性の概念、進歩性の審査原則、審査基準、及び異なる種類の発明の進歩性判断などの内容を含み、本審査指南第2部第4章の規定を参照する」と規定されている。該規定によれば、実用新案と発明の進歩性判断については、上述の技術分野や先行技術の数の点で異なるが、他の点では相違はないと考えられる。

発明と実用新案の進歩性基準の違いについて、異なる見解がある。「進歩性判断の『3ステップ法』における第3ステップの判断には多くの主観的なもの(例えば、当業者の技術水準、及び最も近い先行技術を改良する動機)がある。こうして、『第3ステップ』で異なる判断基準を設定することにより、進歩性基準のレベルを調整することができる。」との見解もあれば、「実用新案と特許は、進歩性判断における当業者の概念は異なると考えられる。示唆があるか否かの判断において、実用新案の進歩性を判断する当業者は、発明の進歩性を判断する当業者よりも基準が低い」との見解もある。

第3ステップの判断において、進歩性基準のレベルに影響を与える要因が確かに多くある。例えば、中国審査指南第2部第4章第3.2.1.1節の(3)には、「以下の場合、通常、先行技術には上記示唆があると認定される…(ⅲ)前記相違点は、別の引用文献に開示の関連技術的手段であり、該技術的手段の該引用文献における役割は、該相違点が保護を求める発明において該新たに認定した課題を解決するために果たす役割と同じである」と規定されている。相違点に係る構成の先行技術における役割を判断する際に、(1)引用文献に明確に記載されているその役割と、(2)引用文献には明確な記載はなくても、当業者は引用文献の発明の目的から予見できるその役割と、(3)引用文献には記載はなくても、当業者が判断できるその客観的な役割という3つの観点から判断できる。仮に、実用新案の進歩性判断時に、相違点に係る構成の先行技術における役割を上記(1)のみに基づいて判断できるとすれば、実用新案の進歩性基準は低くなり、発明の進歩性判断と明確に区別できるが、このような論理上の分析は実務には反映されていない。

よって、実務において、実用新案と特許の進歩性判断は、上述の技術分野及び先行技術の数については異なるが、それ以外には明確な相違はない。

後書き

中国審査指南には、実用新案と特許の進歩性判断基準の違いが規定されているが、実務においてその違いを正確に把握することは困難であるため、出願人は、実用新案の進歩性を正確に認識しにくく、無効請求人及び実用新案権者が無効結果を有効に予見することも難しい。本文は実務の観点から、実用新案権の安定性に影響を与える要因、特に実用新案の進歩性判断基準について詳しく検討した。事例を通じて無効審判における実用新案の進歩性の判断基準をよりよくご理解いただければ幸甚である。
 
(2017)

ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
×

ウィチャットの「スキャン」を開き、ページを開いたら画面右上の共有ボタンをクリックします