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拒絶査定不服審判請求の一事例から考える「プロダクト・バイ・プロセス・ク レーム」に関する拒絶理由の応答


北京林達劉知識産権代理事務所
中国弁理士  張 広平1
 
.はじめに
 
物クレームは、例えば、静的構造(部品、その位置及び接続関係)で装置等を特定し、分子式や構造式により化合物を特定し、成分及び含有量等により組成物を特定する等、できるだけ物自体の構成により発明を特定すべきである。しかし、分野や発明の特殊性などのため、物自体の構造、特性、組成等により直接特定できず、他の手法を利用せざるを得ない場合もある。その中でも、「プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」(以下「PBPクレーム」という。)は代表的な存在であり、広く利用されている。
 
PBPクレームは発明の対象が物でありながら、方法の記載を含む。このような不一致があるため、クレームの作成、審査及び権利行使において様々な問題がある。本稿では、拒絶査定不服審判請求の一事例から、PBPクレームに関する拒絶理由の応答を検討する。
 
PBPクレームに関する規定
 
中国の審査基準(2010)第二部第二章3.1.1には、「物クレームには、構造の規定によっても、パラメータの規定によっても明確に特定できない構成要件が1つ以上ある場合、プロセスの規定により特定することは許される。ただし、プロセスの規定により特定される物クレームでも、発明の主題は物であり、実際の限定効果は、クレームに係る物自体にどのような影響を与えるかにより決定される」と記載されている。
 
中国の審査基準(2010)第二部第三章3.2.5の(3)には、製造方法の記載を含む物クレームの新規性の判断基準について、以下のとおり書かれている。
 
「このような請求項について、製造方法のために物が何か特定の構造及び/又は組成を有するか否かを考察する必要がある。 その分野に属する技術者が、その方法のために、物が必ず先行文献の物とは異なる特定の構造及び/又は組成を有すると判断できる場合、この請求項は新規性を有する。一方、出願の請求項に規定する物と、先行文献の物とを比較して、その方法が異なっても、物の構造及び組成が同一である場合、この請求項は新規性を有しない。ただし、出願人が、その方法のために物が構造及び/又は組成について先行文献の物とは異なるようになったこと、又はその方法のために物が先行文献の物とは異なる特性を有することから、構造及び/又は組成が変化したと推知できることを、出願書類又は先行技術により証明できた場合は別とする。」
 
つまり、中国の審査基準は、PBPクレームの新規性判断について、「推定」という特別な判断手法を定めている。これは、出願人がPBPクレームを採用した場合、それなりの証明責任を負う必要があることを意味している。すなわち、出願人は、請求項中のプロセスの規定は、かかる物の発明が先行技術とは異なる特定の構造及び/又は組成を有することを意味することを証明できなければ、その請求項は新規性を有しないと推定される。
 
.事例紹介
 
1.経緯
 
本件出願は、PCBに装着可能な二次元(2D)巻線により三次元(3D)巻線の渦電流場をシミュレーションする技術に関するものである。請求項は下記のとおりである。
 
【請求項1】3D渦電流巻線をシミュレーションしてなる2D渦電流巻線であって、前記3D渦電流巻線は第一渦電流により試験面に対する渦電流検査を行うことが可能であり、前記2D渦電流巻線は前記試験面に対向して平行に配置される場合、前記3D渦電流巻線により生成される第一渦電流の特性と類似する特性を有する第二渦電流を生成し、……。
 
審査官が引用した先行文献には、従来の2D渦電流巻線構造が記載されている。引用文献の2D渦電流巻線は、金属部材の表面に対向して平行に配置され、金属部材の表面に渦電流を発生させるものである。
 
争点は、「3D渦電流巻線をシミュレーションしてなる」、「前記3D渦電流巻線は第一渦電流により試験面に対する渦電流検査を行うことが可能であり、」「前記3D渦電流巻線により生成される第一渦電流の特性と類似する特性を有する第二渦電流を生成し、」という記載が、2D渦電流巻線への限定になるかという点にある。

2.審査官の判断

審査官は、「当業者は、引用文献に記載の2D渦電流巻線により生成される渦電流が、いわゆる第一渦電流に対応できることに容易に想到できる。つまり、第一渦電流の特性と類似する特性を有する渦電流を生成できる2D渦電流巻線は開示されている。したがって、2D渦電流巻線という発明について、3D渦電流巻線をシミュレーションして得られたのか、他の設計の趣旨から得られたのかを問わず、製造方法の規定は、この2D渦電流巻線が引用文献の2D渦電流巻線と構造及び/又は組成について相違することを意味していない。引用文献の2D渦電流巻線は客観的には、対応する3D渦電流巻線をシミュレーションすることが可能であり、特定の渦電流を有する3D渦電流巻線をシミュレーションしてなる2D渦電流巻線と構造上の違いはない。」として、本件出願を拒絶査定した。
 
3.拒絶査定に対する反論

不服審判請求時に、請求人は以下の理由を主張した。
 
(1)本件出願の思想は、3D渦電流巻線をシミュレーションすることにより、シミュレーション対象である3D渦電流巻線と類似する渦電流特性を持つ2D渦電流巻線を提供することである。すなわち、本件出願において、2D渦電流巻線は、シミュレーション対象となる3D渦電流巻線及びこの3D渦電流巻線に係る渦電流特性を特定し、そして2D渦電流巻線を試験面に対向して平行に配置した状態で、この2D渦電流巻線に、上記3D渦電流巻線により生成される第一渦電流と類似する特性を有する第二渦電流を生成させるという本発明固有の手段により形成される。
 
これに対して、引用文献は従来の2D渦電流巻線に関するものであり、3D渦電流巻線をシミュレーションして2D渦電流巻線を形成する思想はない。そのため、引用文献は2D渦電流巻線を形成する際に、①シミュレーション対象となる3D渦電流巻線及びこの3D渦電流巻線に係る渦電流特性を事前に特定する必要はなく、②3D渦電流巻線を対象とするシミュレーション処理は行わず、③引用文献に記載の2D渦電流巻線のパターン、巻き方向及び渦電流特性は、シミュレーション対象である3D渦電流巻線により決定されるものではない。
 
(2)引用文献と本件出願は、2D渦電流巻線の形成について原理及び具体的な製法の本質的な相違がある。本件出願では、三次元(3D)巻線に対するシミュレーション処理によって、特定の渦電流特性を有する2D渦電流巻線が形成される。つまり、シミュレーションにより形成される本件出願の二次元(2D)巻線は構造及び/又は組成について、引用文献1に記載の渦電流巻線46とは異なるものである。したがって、上記下線部の記載は、請求項1の発明を実質的に限定するものである。
 
4.合議体の判断

拒絶査定不服審判請求の審決において、合議体は以下の理由を示して上述の主張を認めた。
 
本件出願において、2D渦電流巻線は3D渦電流巻線をシミュレーションしてなるものである。本件出願の2D渦電流巻線は、3D渦電流巻線に類似する渦電流特性を発現できることから、本件出願の2D渦電流巻線は通常の2D渦電流巻線とは異なる構造を有すると考えられる。なぜなら、通常の2D渦電流巻線は、3D渦電流巻線に類似する渦電流特性を発現できるものではない。2D渦電流巻線で3D渦電流巻線をシミュレーションすることによって、従来の3D渦電流巻線の製造コストを削減でき、体積も低減できる。
 
引用文献には3D渦電流巻線をシミュレーションして2D渦電流巻線を形成することについての言及はなく、2D渦電流巻線のみ記載されているため、その渦電流が3D渦電流巻線の渦電流特性と類似する特性を有するか否かは予測できない。
 
以上の理由により、合議体は拒絶査定を取消す旨の審決をした。
 
.結びに
 
1.拒絶理由通知応答への示唆

PBPクレームに関する拒絶理由に応答する際に、以下の方策が考えられる。
 
(1)プロセスの規定が物への実質的な限定となることを示す実験データを提出する。
 
本願の出願書類に記載した定性的又は定量的な効果について、本願と引用文献を比較するための追試を行うことにより、本願発明が格別な効果を有することを証明する。
 
例えば、発明の製造方法による効果が、純度の向上、物性の変化、変換率の改善等にある場合、本願と引用文献の製造方法により得られる物の純度、物性、変換率等に関する追試を提出することにより両者の差異を証明し、これをもって発明の新規性や進歩性を主張することができる。
 
(2)追試による証明が難しい場合には、上述の事例のように、プロセスの規定が物への実質的な限定となるという主張を中心に、技術の原理、実施形態、予想外の効果など、各観点から、この方法によって引用文献とは異なる構造及び/又は組成が形成されること、あるいは、この方法によって得られる物は引用文献とは異なる特性を示していることから、構造及び/又は組成が変わったと推知できることを論述する。
 
(3)PBPクレームを製造方法のクレーム、又は、プロセスの規定を含まない物クレームに書き換える。
 
2.出願書類の作成への示唆

(1)作成の前に、プロセスの規定を加える予定の物クレームが新規な物であるか否かを自ら判断する。新規な物である場合には、PBPクレームとして作成することは問題はない。新規な物ではなく、製造方法だけ改良した場合には、方法クレームとして作成すべきである。
 
(2)物発明をプロセスのみで特定する場合の問題点をできるだけ回避するために、クレームに物の構造、特性や組成等の記載を加えることによって、特許化の可能性を高める。
 
(2017)

ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
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