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生物配列の記載に関する特許性判定時及び侵害判定時の考え方について


北京林達劉知識産権代理事務所
中国弁理士  劉 文翰
 
特許権者と一般公衆との利益のバランスを確保する観点から、生物配列に係るクレームについてどのような書き方を認めるべきかは、中国の特許実務において議論が重ねられている大きな課題である。特許権者の立場からすれば、生物配列をクローズド形式で、特定の具体的な配列まで限定すると、技術的範囲が狭すぎて、第三者がそこから容易に回避できるため、このような書き方は特許出願の目的からは望ましくない。一方、審査官は、バイオ分野では予測性が低いため、オープン形式の、相同性の規定を含む生物配列は明細書によりサポートされていないという見解を示している。以下に、生物配列に係る特許権の有効性判定と侵害判定をそれぞれ判示した2016年末の中国最高裁判所の判決と広東省高等裁判所の判決を分析した上で、上述の課題について簡単に考察する。
 
中国最高裁判所により2016年12月30日に言い渡された(2016)最高法行再85号判決(以下、第85号判決という。)は、デンマークのノボノルディスクアクティーゼルスカブの特許「熱安定グルコアミラーゼ」の有効性に関して、中国特許審判委員会による第17956号無効審判請求の審決が維持されたものである。第85号判決では、生物配列に係る請求項10~14が明細書によりサポートされていることが明確に認定されている。かかる請求項は下記のとおりである。
 
【請求項6】配列番号:7に示す全長配列と少なくとも99%相同であり、且つ等電点電気泳動法で測定したPIが3.5未満であるグルコアミラーゼ活性を有する単離された酵素。
 
【請求項10】タラロミセス・エメルソニイ(T.emersonii)の株である糸状真菌タラロミセス(Talaromyces)属由来の酵素である請求項6~9のいずれか一つに記載の単離された酵素。
 
【請求項11】糸状真菌が、T.emersonii CBS 793.97である請求項10に記載の酵素。
 
【請求項12】グルコアミラーゼ活性を示す酵素をコードするクローン化DNA配列であって;
 
(a)配列番号:33に示すDNA配列の、グルコアミラーゼをコードする部分、
 
(b)配列番号:33の 649~2724位に示すDNA配列もしくはその相補的ストランドを含有しているクローン化DNA配列。
 
【請求項13】タラロミセス・エメルソニイ(T.emersonii)の株である糸状真菌タラロミセス(Talaromyces)属由来のDNA配列である請求項12に記載のDNA配列。
 
【請求項14】糸状真菌が、T.emersonii CBS 793.97である請求項13に記載のDNA配列。
 
第85号判決では、以下のとおり判示されている。
 
「請求項13及び14は、『含有している』という表現を含む請求項12を引用しているため、その技術的範囲に含まれるDNA配列は、配列(a)、(b)自体だけではなく、この2つの配列の一端又は両端を延長して形成されたDNA配列も包含する。しかし、請求項13及び14は、請求項12における『グルコアミラーゼ活性を示す酵素をコードする』という機能的表現を含んでおり、配列(a)又は(b)を無限に延長してこの機能を失ったDNA配列は、請求項13及び14の権利範囲に含まれない。また、請求項13及び14はそれぞれ、前記DNA配列がT.emersonii菌種及び特定の菌株T.emersonii CBS 793.97由来のものであるとさらに規定している。さらに、前記菌種、特に特定の菌株から得られる配列(a)又は配列(b)を含むDNA配列も固定的で、且つ極めて少数のものである。したがって、請求項12の(a)(b)を引用する請求項13及び14の発明は明細書によりサポートされている。
 
また、請求項10及び11は、請求項6のように、前記酵素の菌種又は菌株の由来及び酵素の機能をさらに規定していなければ、本裁判所は、その権利範囲が、配列番号:7に示す配列と少なくとも99%相同である任意の酵素配列にも及び、当業者は上記数多くの酵素配列がすべてグルコアミラーゼ活性を有するかについて推察できないため、請求項6は明細書によりサポートされていないと判断する。しかし、請求項10及び11は、前記グルコアミラーゼが前記の菌種、さらに特定の菌株由来のものであるとさらに規定しているため、その権利範囲はごく一部の配列に限定されている(ひいてはSEQ ID NO:7そのものに限られている可能性がある)。したがって、相同性の規定+機能及び由来の規定を含む請求項10、11は明細書によりサポートされている。」
 
最高裁判所による上記判決からすれば、クローズド形式(例えば、「○○に示す」)で請求項を作成する場合、配列相同性の規定を機能的表現として書くことにより、特許権を取得することは認められている。つまり、クローズド形式の場合、ある程度の「相同性」の規定(例えば、相同性が99%であるというような規定)を取り込むこと、すなわち配列がある程度変化し得ることが認められる。では、侵害判定時に、クローズド形式クレームの場合、権利範囲はクローズド配列そのものだけに及ぶのか。このクローズド配列の一端又は両端にほかの配列が存在している場合、ほかの配列を含むものは特許の権利範囲に属しないのか。この点について、広東省高等裁判所により2016年12月2日に言い渡された(2016)粤民終1094号判決(以下、第1094号判決という。)には答えが示されている。
 
第1094号判決は、国立血清研究所が北京万泰生物薬業股フン有限公司(以下、万泰社という。)を提訴した特許権侵害訴訟事件の判決である。係争特許は、結核診断のための診断キットに関する第ZL96197467.2号中国特許である。係争特許の請求項2には、(a)Tb38-1ポリペプチドおよび(b)検出試薬を含むキットが記載されている。上記特許の明細書には、Tb38-1F3の具体的なアミノ酸配列が記載されており、当該配列は明細書に開示されている配列番号46のDNA配列から導き出されたものであり、特定の配列を有するアミノ酸配列である。これに対して、万泰社の製品は、上記特許に記載されているTb38-1の具体的なアミノ酸配列に比べて、N端にアミノ酸残基MAEMKが5個多いCFP10を抗原として用いたものである。
 
第1094号判決には、「イ号製品のCFP10配列は、対象特許のTb38-1に比べ、N端にアミノ酸残基MAEMKが5個多いものの、CFP10のエピトープはこの部分に含まれていない。Tb38-1とCFP10は、抗体産生を誘発できるエピトープが同一であり、いずれも重複している部分にある。機能からすれば、CFP10とTb38-1はいずれもin vitroでヒト型結核菌感染を検出するためのものである。また、ヒト型結核菌感染検出の実現可否は、そのエピトープの構造により決定される。したがって、CFP10はTb38-1の均等物に該当する。」と認定されている。
 
 つまり、CFP10はTb38-1に比べ、N端にアミノ酸が5個多いものの、この5個のアミノ酸が最終製品の機能実現に何ら影響を与えないため、均等侵害に該当する。したがって、クローズド形式のクレームでも、侵害判定において均等侵害が成立する可能性がある。
 
上記最新の2判例からすれば、生物配列に係るクレームを作成するに際して、中国の審査実務を踏まえ、最高裁判所がノボノルディスクアクティーゼルスカブ事件において認めた下記書き方を採用することが考えられる。
 
(1)「含む(つまり、オープン形式)」+「機能的表現」+「由来の限定(例えば「種」まで限定)」+「具体的な配列」を含む書き方
 
(例えば、上記「グルコアミラーゼ」事件の、(a)、(b)を含有する請求項12を引用する請求項13、14)
 
(2)「SEQ ID NO:○○に示す配列(つまり、クローズド形式」+「機能的表現」+「由来の限定(例えば「種」まで限定)」+「具体的な配列」を含む書き方
 
(例えば、上記「グルコアミラーゼ」事件の請求項10、11)
 
また、中国審査基準に明確に規定されている「置換、欠失もしくは付加された」という文言表現を用い、請求項を作成することも考えられる。なお、このような「総括」形式で配列を記載する場合、「相同性」に係る発明が明細書によりサポートされていると審査官に納得してもらうために、できるだけメカニズム的観点から説明(例えば、特定の配列の保存領域又は保存サイトを提供)し、且つ上記のメカニズムを証明できるように、(バイオインフォマティクス方法に基づく予測にとどまらずに)より多くの実施例又は実験成績証明書を提供することを提案する。
 
ただし、「総括」形式で配列に係る請求項を作成する場合に発生しうるリスクも十分に配慮する必要があると思われる。北京市高等裁判所により発表された最新の『特許侵害判定指南(2017)』第61~63条には、禁反言の法理が明確に規定されている。すなわち、特許出願人又は特許権者が、サポート要件違反など、特許成立上で問題となる実質的な不備を解消するために、請求項の縮減補正又は意見書により権利範囲の一部を放棄した場合、特許権侵害訴訟において均等侵害になるか否かを判断するにあたって、権利者が特許の権利範囲にそれが含まれているとする主張は認められない。言い換えれば、審査段階では、「総括」形式で記載されている請求項が明細書によりサポートされていないという拒絶理由を解消するために、出願人は例えば請求項を「オープン形式」から「クローズド形式」に補正すると、将来の侵害判定時には禁反言の法理が適用されるため、権利者は第1094号判決のように、ほかの発明が均等侵害になると主張することができなくなる可能性がある。
 
また、サポート要件の判断基準について、USPTO及びEPOよりも、SIPOは比較的緩いため、PCT出願書類の作成時に、各国において最も広い権利範囲を図るために、各国の運用や判断基準を考慮したうえ、発明の範囲を階層的に書いたほうがよいと思われる。
 
以上をまとめてみると、できる限りより広く、安定した権利範囲を取得するために、特許出願するに先立って、市場環境、出願戦略、審査政策など様々な要素をどのように総合的に考慮するかは依然として、各企業や特許事務所が検討すべき課題である。また、バイオ技術の発展に伴い、審査実務及び司法実務における「バイオ分野の予測性」に関する判断基準も時代に応じて変化する可能性があるため、各企業や事務所がその変化をウォッチングしていくことも必要であろう。
 
(2017)

ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
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