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中国におけるPPH利用の現状と効果


北京林達劉知識産権代理事務所
中国弁理士   岳 紅傑
 
中国国家知識産権局(以下「SIPO」という)と日本特許庁(以下「JPO」という)による中日特許審査ハイウェー(PPH)試行プログラムは、2011年11月1日に導入されてから、出願人が中国における発明特許出願に対して早期審査を請求する重要な手段として、ますます出願人、特に外国出願人から注目されている。PPHを請求する場合、一番注目されることは、PPH申請にはどのようなメリットがあるかということである。したがって、本稿では、PPHの審査スピード、OAの回数及び特許査定率という3つの面において、PPH申請にどのような効果があるかを重点的に紹介するものとする。
 
まず、SIPOが受理したPPH申請の情況を紹介する(別途説明がなければ、以下のデータはJPO運営のグローバルPPHサイトによるものである。ウェブアドレス:http://www.jpo.go.jp/ppph-portal/statistics.htm)。
 
図1 は、SIPO が2011年11月から2016年6月末までに受理した各年のPPH申請件数を示している。                         

                                                            図1
 

図1から、SIPO が2016年6月末までに受理したPPH申請総件数が17,278件に達し、PPH申請件数は年々増加傾向にあることが分かる。
 
図2は、SIPOが受理した17,278件のPPH申請における第1庁(先行庁)の分布状況を示している。
 
 
                                                  
                                 図2

図2から、SIPOが受理した全てのPPH申請では、JPO、米国特許商標庁(USPTO)、欧州特許庁(EPO)、及び韓国特許庁(KIPO)の四庁を先行庁としたPPH申請が大多数を占め、特にJPOの審査結果に基づくPPH申請件数は8,708件に達し、PPH申請総件数の50%を占めていることが分かる。また、これまでに多くのPPH申請を処理した弊所の経験によれば、JPOの審査結果によるPPH申請は、殆どが日本の出願人による出願であるが、USPTOの審査結果によるPPH申請では、米国の出願人による出願だけでなく、日本の出願人、又は他の外国出願人による出願であるケースもある。したがって、日本の出願人が提出したPPH申請の件数が実際には総件数の50%以上を占めている可能性が高い。
 
では、続いて、本稿の重点である中国におけるPPH申請の効果について、ご紹介する。
 
効果について言及する場合、まずPPH申請プログラムを設立した当初の目的であった早期審査に注目すべきである。
 
まず、PPH申請により、どれくらいの早期審査が可能となるのだろうか。グローバルPPHサイトに掲載されているSIPO発表の平均データ(2016年1月から2016年6月までのデータ)によれば、PPH申請が提出されてからOA1が発行されるまでの平均期間は2.7ヶ月で、PPH申請を提出してから最終処分(特許査定、拒絶査定又はみなし取り下げ)までの平均期間は11.9ヶ月である。
 
この11.9ヶ月という平均データは、PPH申請の提出日によって統計された内容である。PPH申請の提出について、SIPOは以下のような条件を満たす必要があることを厳しく規定している。
 
①当該出願がSIPOにより中国で公開されていること。

②当該出願がすでに実体審査段階に移行していること(すなわち、SIPOからの特許出願が実体審査段階に入る旨の通知書を受領していること。認められる唯一の例外は、実体審査請求と同時に、PPH申請を提出する場合である)。
 
③当該出願が一度も拒絶理由通知書を受領していないこと。
 
これらの規定からみれば、PPH申請の提出日と実体審査段階に入る旨の通知書の受領日とは、同一ではないが、大部分の出願人は、実体審査段階への移行後、PPH申請をできるだけ早く提出し、又は実体審査請求する際にPPH申請を提出することにしているから、実体審査段階に入った旨の通知書が通常1ヶ月以内にSIPOより発行されている。したがって、PPH申請の提出日によって計算されるPPH申請案件の審査期間(前述の11.9ヶ月のことをいう)は、実体審査段階への移行日によって計算される一般出願案件の審査期間(すなわち、SIPOからの実体審査段階に入る旨の通知書を受領してから案件の最終処分までの所要時間)とは、ある程度の比較可能性を有する。現段階で2016年の一般出願案件の審査期間は、まだSIPOより発表されていないので、ここではSIPOの2015 年年次報告における発明特許出願の審査期間の平均21.9ヶ月を比較用のデータとする。この2つのデータを比較すれば分かるように、PPH申請案件の審査期間は、一般出願案件と比較すると10ヶ月、約半分近くに(10/21.9=45.7%)短縮されている。したがって、PPH申請を利用すれば、案件の早期審査を明らかに実現することができる。
 
PPH申請案件と一般出願案件との審査スピードの比較をより理解できるように、筆者は弊所がこれまでに代理した多くのPPH申請案件と一般出願案件について、統計をとってみた。異なる出願人及び各時期におけるSIPOの判断基準の変化による統計結果への影響をできるだけ回避し、かつ比較データにより高い有効性を持たせるように、筆者は同一出願人による同一時期(2015年7月1日~2016年6月30日)に特許査定されたPPH申請案件と一般出願案件を比較対象とした。図3は両者の審査期間の比較情況を示している。



                                                 図3

図3から、2015年7月1日から2016年6月30日までの間に、当該出願人の特許査定された40件のPPH申請案件の平均審査期間が11.6ヶ月であったのに対して、特許査定された168件の一般出願案件の平均審査期間は29.3ヶ月で、両者の差は17.7ヶ月にも達した。このことからも、PPH申請が、発明特許出願の早期審査に極めて顕著な効果を有することは歴然としている。
 
これらの40件のPPH申請案件の審査期間のうち、最も短かったのは173日間(5.8ヶ月)で、最も長かったのは820日間(27.3ヶ月)であった。このことからも、案件によって、同じPPH申請でも審査期間に大きな違いがあることがわかる。筆者がSIPOの審査官に確認したところ、SIPOではPPH申請の審査期間に対して、明文化された規定がなく、優先的に、早期審査をすることに対する要求があるという情報しか入手できなかったことからも、このことは実証できる。
 
また、個別案件の審査期間に違いがあっても、PPH申請で審査期間が最も長期間に及んだ案件(27.3ヶ月)で、一般出願案件の平均審査期間の29.3ヶ月より2ヶ月短いので、PPH申請は出願案件の早期審査に顕著な効果を有しているということが分かる。
 
PPH申請の場合、案件の審査スピードだけでなく、その費用における節約効果も大きなメリットとなっている。続いて、PPH申請とOA回数の減少との関連性について検討を進め、PPH申請の費用の低減に対する効果について、説明するものとする。
 
グローバルPPHサイトに掲載されているSIPOより発表されたPPH申請案件の平均OA回数(2016年1月から2016年6月までのデータ)は約1回である。SIPOはこれまで、一般出願案件のOA回数、又はPPH申請案件と一般出願案件とのOA回数の統計データを発表したことがないので、データに基づく比較はできないものの、筆者のこれまでの経験によれば、PPH申請案件の約1回という平均OA回数は、一般出願案件のOA回数より間違いなくある程度少ないといえる。ただし、約1回というのは、あまりにも大雑把なデータで、正確に真実の状況を反映できるとはいえない。
 
そのため、PPH申請案件と一般出願案件とのOA回数における違いについての理解を深めるために、筆者は前述の同一出願人のPPH申請案件及び一般出願案件のOA回数を対象として、統計をまとめてみた。図4では両者のOA回数の比較を示している。

 

                                                 図4

図4によれば、PPH申請案件の平均OA回数は1.4回で、一般出願案件の平均OA回数1.6回より、0.2回/件少なくなっている。このことからも、PPH申請がOA回数の減少によって、費用の低減にある程度の効果を有していることが分かる。
 
さらに、SIPO はこれまで、PPH申請の特許査定率について、公式なデータを発表したことはない。そこで、筆者は、弊所が代理した案件によってまとめたデータ(現在の案件最終処分状況を考慮し、PPH申請の1年目と2年目の特許査定率だけを対象として、統計したもの)によれば、PPH申請の特許査定率のアップに対する効果は、さほど明確ではない。
 
PPH申請の1年目(2011年11月1日~2012年10月31日)に、弊所が代理した50件近くのPPH申請案件の特許査定率[特許査定件数÷(特許査定件数+拒絶査定件数)]は、同時期に実体審査段階に移行した500余件の一般出願案件の特許査定率より、7%高かった。同様に、PPH申請の2年目(2012年11月1日~2013年10月31日)に、弊所が代理した100余件のPPH申請案件の特許査定率は、同時期に実体審査段階に移行した1000余件の一般出願案件の特許査定率より、1%しか高くなかった。したがって、PPH申請案件の特許査定率は、一般出願案件の特許査定率より少しは高くなっていることが分かる。
 
これらのことから、PPH申請の最大の効果は早期審査の実現であるといえる。ここで、PPH申請をいかに有効利用し、審査を加速させるかについて、次の2点のアドバイスを申し上げる。
 
(1)案件をできるだけ早く実体審査段階へ移行させること。そのために、SIPOに新規出願を提出すると同時に、実体審査請求を提出することをお勧めする。すでに述べたように、SIPOの規定では、発明特許出願はSIPOより公開され、かつ実体審査段階に入る旨の通知書を受領しなければ、出願人はPPH申請を提出できない。認められる唯一の例外は、実体審査請求と同時に、PPH申請を提出する場合である。しかし、筆者がPPH申請を取り扱っている審査官に問い合わせたところ、PPH申請の審査フローでは、このような例外状況であっても、実体審査段階に入る旨の通知書が発行されていない限り、審査官はPPH申請の受理について普通検討しないとのことであった。したがって、できるだけ早く実体審査段階へ移行させることが、案件審査の加速化に最も有効である。
 
(2)できるだけ迅速にOAに応答すること。PPH申請のOA応答期限について、SIPOはいかなる特別な規定も設けていない。すなわち、一般出願案件と同様、1回目のOAの場合、応答期限は通常4ヶ月で、2回目以降のOAの応答期限は通常2ヶ月である。もちろん、出願人による期間延期請求も可能である。したがって、出願人が早期審査を望んでいる場合、できるだけ早くOAに応答するのが得策である。
 
最後に、PPH申請に関心のある出願人の皆様に、注意を喚起したいことがある。PPH申請を審査するSIPOの審査官は、方式審査の審査官なので、PPH申請書類に対する方式審査は非常に厳しくなされている。申請書類におけるいかなる微細な瑕疵(例えば引用文献の名称の記載ミスなど)、又は審査官に不明確と指摘される記載(例えばPPH申請書における本願と先行庁(OEE)出願との間の関係に関わる説明、本願の請求項に対応するOEE出願の請求項との間の対応性の解釈に関わる説明など)によって、PPH申請が直接拒絶査定されるおそれもある。また、筆者の経験からすれば、PPHの審査官はPPH申請の申請書類を全面的に審査しているわけではないので、2回目に提出するPPH申請の申請書類では、1回目に提出した申請書類において拒絶査定された不備が補正されていても、他の不備で2回目のPPH申請が拒絶査定されるという状況が起こる可能性があると思われる。しかしながら、同一の発明特許出願に対して、PPH申請は2回しか提出できないとSIPOによって規定されている。したがって、2回目のPPH申請が拒絶査定されたら、3回目のPPH申請は提出できなくなり、当該出願の早期審査はできなくなる。そのため、PPHを請求する場合、経験が豊富で、臨機応変な対応のできる事務所に依頼することが得策である。
 
(2017)

ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
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