化学分野において、「予想外の効果」を有すると唱える特許の無効化は通常、困難である。本件は、参考になれる無効化戦略を示してい...
近日、明陽科技(蘇州)股份有限公司(以下、明陽科技という)の社長一行は弊所にご来訪いただいた。弊所弁理士が同社の無効宣告請...
出願書類の作成――「背景技術」の書き方について


北京林達劉知識産権代理事務所
中国弁理士 宋 暁雯
                                                                                                           
中国最高裁判所の司法解釈(法釈〔2009〕21号)第2条には、「裁判所は、クレームの記載に基づき、明細書及び図面を読んだ当業者のクレームに対する理解を参酌して、クレームの内容を特定しなければならない」と規定されている。この規定は、クレームの折衷解釈主義を明確にしている。同主義によれば、クレームに不明瞭な用語がある場合だけではなく、もともと意味が明瞭な文言についても、明細書及び図面などの記載に基づき、その文言が及ぶ範囲を拡大したり縮小したりしてクレームを解釈することも可能である。

したがって、特許権の安定化を図り、権利行使に有利な権利範囲を与えるためには、出願書類を慎重に作成することが非常に重要である。また、一つの発明について、出願人は世界各国で特許出願することが多いため、出願書類の作成にあたって、さらに、各国の法的規定に合致するよう工夫しなければならない。

実務において、特許請求の範囲、明細書の「発明の開示」、「発明を実施するための形態」等の重要な部分については、通常、細心の注意を払って作成しているが、「背景技術」については、重要性を認識せずに作成することが多い。しかし、「背景技術」の作成に十分な注意を払わないと、出願人に多大な不利益を与えるおそれもある。

本稿では、中国の特許出願を中心に、その他の国における特許出願のプラクティスを参酌しながら、明細書の「背景技術」の書き方を分かりやすく説明する。

1.中国実務に基づいた書き方

中国審査基準第2部第2章第2.2.3には、「明細書の『背景技術』には発明又は実用新案の理解、検索、審査に有用な背景技術を明記しなければならず、かつ、なるべくこれらの背景技術が反映される文献を引用しなければならない。特に発明又は実用新案の特許請求の範囲における独立クレームの前提部分の構成要件を含む先行技術文献を引用しなければならない。また、背景技術に存在している問題点や不備についても客観的に指摘しなければならない。但し、発明の構成又は実用新案の考案が解決しようとする問題点及び不備に関わるものに限る」と規定されている。

中国の実務において、「背景技術」の作成時に、下記の3点を考慮する必要がある。
 
(1)実施可能要件に対する影響
 
発明は通常、先行技術を基礎にしてなし得たものであるため、発明の一部の構成要件は既知のものであり、その他の一部の構成要件は、先行技術に対する貢献をもたらしている。既知の構成要件について、明細書で詳しく説明しないことが往々にあり、「背景技術」にも全く言及しないことさえある。 

中国では、先行技術の構成要件についての説明がないため、明細書が実施可能要件違反に該当すると指摘されることがないように十分に注意しなくてはならない。特に、化学分野の発明については、特に注意を払う必要がある。

例えば、化学分野に属する製造方法の発明では、既知の特定の酸化物を触媒として用いるとする。しかし、その明細書には、当該酸化物の具体的な構造についても由来についても記載がないため、当業者は、どのような酸化物を触媒として用いるかを特定できず、発明を実現することができない可能性がある。また、出願人が出願日以降に、当該酸化剤の構造を詳細に説明し、かつ、それが既知の酸化剤であることを証明できる証拠を提示したとしても、実施可能要件違反に該当するという不備を解消できない可能性がある。なぜならば、先行技術には多数の触媒としての酸化物があるため、当業者は明細書の記載から、発明に使用した特定の酸化物触媒が出願人が記載した触媒であることを特定できないからである。

この場合、「背景技術」において、当該酸化物触媒について説明し、或いは、当該酸化物触媒に係る技術内容を記載した文献を引用した上、この発明が当該技術内容を基礎にして改良したものであると表明すれば、実施可能要件違反と指摘されることを回避できると考えられる。

よって、上述の特定の酸化物触媒について、触媒自体が先行技術に該当するが、それを特許出願の発明に使用するのは、公知のものではないため、「発明の開示」にその構造を詳細に説明するか、又は少なくとも文献の出所を記載するのが望ましい。

(2)進歩性判断に対する影響

ある発明は、先行技術に非常に近く、ある技術内容に対してわずかな改良を加えたものであるとする。審査官が当該発明に最も近い先行技術文献を検索できた場合、当該発明について進歩性欠如を指摘することが多い。この場合、当該発明は、先行技術に対してある程度以上の効果のある改良がなされたことを証明できるデータがあったとしても、それが予想外の効果が奏されたものではないことを理由に、依然として進歩性を認められない可能性もある。

しかし、出願書類の「背景技術」において当該先行技術について説明し、存在している技術上の問題点(効果が十分ではないことも含む)を指摘して、かつ、「発明の開示」、特に実施例において、発明と先行技術との効果を比較することによって、発明がもたらしている貢献を明確にすることができる。そうすれば、審査官に良い印象を与えることができ、審査官がこの改良点に係る先行技術を検索できなかった場合、発明の進歩性欠如について指摘しない可能性もある。

(3)クレーム解釈に対する影響

上述したように、中国では、裁判所は、クレームの記載に基づき、明細書及び図面を読んだ当業者のクレームに対する理解を参酌して、クレームの内容を特定する。よって、明細書の記載には、クレームの技術的範囲に対して不適切な制限をもたらすことがないように十分に留意すべきである。
例えば、明細書の「背景技術」には、先行技術では技術的手段aが採用されていたため、とある効果があまり良くなかったと記載し、それに対して本願発明が技術的手段a’を採用しているため、その効果に優れているとする。この場合、技術的手段a’を 構成要件として記載したクレームについて、出願人(特許権者)は権利行使にあたり、先行技術の手段aがa’の均等物であるとして、aを採用したものもクレームの技術的範囲に属すると主張しても、通常認められない。

以上をまとめると、「背景技術」の作成は、定型化した作業ではなく、一つ一つの発明によって工夫することが必要である。進歩性の程度が高い発明の場合、ある技術内容が特許の権利範囲外にならないように、先行技術について簡単に説明すればよい。また、審査官から背景技術について拒絶理由が出された場合、必要に応じて反論するか補正することが考えられる。中国では通常、「背景技術」にはかかる先行技術についての記載がないことを理由に特許権が付与されないということはない。しかし、この場合、「発明の開示」、特に発明の詳細な説明において、実施可能要件を満たすように、詳細に説明する必要がある。

先行技術に非常に近くて、進歩性の程度が低い発明の場合、「背景技術」において当該発明に最も近い先行技術について説明し、当該発明と先行技術の効果について比較することにより、発明による貢献を明確にすることができれば、発明の進歩性を主張する上でも有利である。

また、中国審査基準第2部第2章第2.2.3の規定によれば、引用される非特許文献及び外国特許文献の公開日が本願の出願日以前のもので、引用される中国特許文献の公開日が本願の公開日より遅くなければ、本願の明細書に引用文献の内容が記載されていると認められている。さもなければ、引用文献の内容は明細書の一部であるとみなされない。さらに、中国審査基準第2部第2章第2.2.6には、「特許審査の便宜を図り、公衆による発明又は実用新案に対する理解の便宜を図るために、特許法第26条第3項の要件を満足するのに不可欠な内容については、他の文献を引用するような形式で記載してはならず、その具体的な内容を明細書に記載しなければならない」と規定されている。

2.他国のかかる実務に関する考察

審査官による特許審査のスピード及び効率の向上、及び登録特許の品質の向上を図るために、多数の国では、出願人又は関係者は特許出願をする際に、発明に関する情報(特に先行技術に関する情報)を開示する義務を有することを規定している。

米国は、この情報開示義務について厳格に規定している(米国特許施行規則(37. C.F.R.)第 1.56 条)。この情報開示に関する規定に違反すると、特許の権利行使ができなくなってしまう可能性もある。

また、日本では、特許法に先行技術文献情報開示要件が規定されている(特許法第36条第4項第2号)。日本では、先行技術文献情報開示要件を満たしていないことは、拒絶理由にされているが、無効理由にはされていない。

さらに、中国でも、発明特許の出願人は、その発明に関連する参考資料を特許庁へ提出する義務を有すると規定している(特許法第36条)。しかし、上述の義務を履行しなかった結果については、特許法第36条に、審査官が参考資料を提出するよう要求した場合、出願人が正当な理由なく期間を経過しても提出しないと、その出願は見なし取り下げとなるとの規定しかなく、その他の場合については、一切規定されていない。しかしながら、実務において、審査官が出願人に参考資料を提出するよう要求することは極めて少なく、出願人が情報開示義務を果たさないことで不利な結果を負うこともほとんどない。

米国、日本及び中国は、情報開示についてそれぞれ規定しているが、いずれの国でも、情報開示義務を履行するために、先行技術の内容を明細書に記載することまでは要求していない。また、日本では、発明の詳細な説明ににおいて情報を開示するように要求しているものの、明細書においてかかる情報の出所を記載することを要求しているだけで、かかる技術内容を具体的に記載することについて規定されていない。

以上、各国の「背景技術」についてまとめたが、各国の規定には若干の違いはあるものの、発明に対する理解、検索、審査に役に立つ背景技術を明記し、かつ、これらの背景技術が反映されている文献をできる限り引用し、特許出願の発明の背景技術に存在している問題点や不備を客観的に指摘すべきであるという一般的な要求については同様である。なお、「背景技術」の作成、特に先行技術の内容の記載に関する規定は、どこの国でもほとんど参考程度とされている。よって、「背景技術」の作成については、出願人の自由裁量によるところが多いと言える。

しかし、「背景技術」の内容は、出願人の権利に大きな影響を与える可能性があり、国によってその影響力の大きさに差異がある。

例えば、米国では、「背景技術」に記載された技術は、出願人自身が認めた先行技術(Applicant Admitted Prior Art, AAPA)とみなされる。そのため、審査官は、出願の発明の特許性を否定する際に、他の引用文献を検索することなく、「背景技術」の文言記載をそのまま引用することができる。一方、中国では、審査官は、「背景技術」の文言記載をそのまま引用することができず、「背景技術」に係る先行技術文献を引用文献として利用しなければならない。また、「背景技術」における先行技術に関する記載は、権利行使の障害となることもある。例えば、アメリカの連邦巡回区控訴裁判所は1998年、 Dawn Equipmentとケンタッキーファームとの事件において、特許権者は「背景技術」における先行技術を批判しており、イ号製品には特許権者が批判した不備が依然としてあるとして、侵害に該当しないという判決を下した。この点については、中国でも同様のことがあると考えられる。

また、進歩性を判断する際に、改善された効果について、日本でもある程度考慮されているが、中国ほど進歩性主張に大いに寄与するとは考えられない。特に、予想外の効果はなおさらである。したがって、「背景技術」において先行技術にある問題点を指摘した上、「発明の開示」において効果の比較を行うという書き方については、中国の特許出願実務ではより効果的である。

要するに、「背景技術」の作成時に、実際の状況に応じて、当該部分の内容の特許登録、特許権の安定性及び権利範囲等への影響を考慮し、各国のかかる規定を参考にした上で、適切な書き方を選択すべきである。

以上、「背景技術」の作成について述べてきたが、少しでもご参考になれば幸いである。また、何か質問などがあれば、連絡いただければ幸いである。出願書類の作成やその他の特許実務について意見交換できることを期待している。
 
(2013)

ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
×

ウィチャットの「スキャン」を開き、ページを開いたら画面右上の共有ボタンをクリックします