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MIMOに係る中国特許出願状況の分析について


北京林達劉知識産権代理事務所
特許代理部
 
はじめに

多入力・多出力技術(multiple input multiple output、以下MIMOという)は、スマートアンテナ技術のひとつで、無線・移動体通信分野において、通信技術を向上させるための画期的な技術である。この技術は、帯域幅を増やさなくても、通信システムの容量及びスペクトルの利用率を倍増することができるので、例えば、IEEE 802.16e (Wimax)、長期進化(Long Term Evolution=LTE)などの第4世代移動体通信技術に幅広く応用されている。次世代の無線LAN規格では、通常 IEEE 802.11nに用いられているが、他の802.11技術にも用いることができる。

近年、中国国内においても、国際的にも、MIMOは学術研究及び特許出願のホットな分野である。本文は、一連の統計分析に基づき、MIMOに関する中国特許出願の現状について分析する。

I. MIMOの紹介 

1. MIMOの歴史

MIMOの歴史は長い。早くは1908年に、マルコーニは減衰を抑制するためにMIMOを用いることを提唱した。1970年代には、MIMOを通信システムに用いることを提唱する人もいた。しかし、無線移動通信システムのMIMOの基盤を確立する仕事は、1990年代に、AT&T Bell実験室の学者により完成された。1995年に、Teladarは減衰状態のMIMO容量を算出し、1996年に、FoshiniaはD-BLASTというMIMO処理算法を提唱し、1998年に、Tarokhらは、MIMOに用いる時空間符号を検討した。1998年に、Wolnianskyらは、V-BLASTを利用してMIMOテストシステムを作った。室内実験では、20 bit/s/Hz以上のスペクトル利用率を得た。このスペクトル利用率は通常のシステムではなかなか実現できないものである。これらの動向が各国の学者に大きな注目を浴びた結果、MIMO研究は急速な発展を遂げた。

2. MIMOの概念

一言で言えば、MIMOシステムはマルチアンテナによりチャンネルの減衰を抑制するものである。送信機と受信機の双方のアンテナの数からすれば、通常のSISO(Single-Input Single-Output)システムに比べて、MIMOはさらにSIMO(Single-Input Multi-ple-Output)システムとMISO(Multiple-Input Single-Output)システムを含む。実現形態によって、空間多重化、空間ダイバーシティ、ビームフォーミングなどに分類される。また、受信側が情報の状態をフィードバックするか否かによって、閉ループと開ループという2種類に分けることができる。

通常、マルチパスは減衰をもたらすため、阻害要因と見なされる。しかし、研究によると、MIMOシステムの場合、マルチパスは有利な要素として利用できる。MIMOシステムでは、送信側も受信側も、マルチアンテナ(又はアレイアンテナ)及びマルチチャンネルを採用する。MIMOの多入力多出力はマルチパス無線チャンネルに対するものである。図1はMIMOシステムの原理図である。伝送インフォメーションフローs(k)は時空符号化によってN個インフォメーションサブフローci(k)、I=1、……、Nを形成する。このN個サブフローはN個アンテナから送信され、空間チャンネルを経てM個受信アンテナによって受信される。マルチアンテナ受信機は先進の時空符号化処理によってこれらのデータサブフローを分離して復号し、最適な処理を実現する。


特に、これらN個のサブフローは同時にチャンネルに送信され、各送信信号は同じ帯域を占めるので、帯域幅を増加していない。各送信、受信アンテナのチャンネルが単独に応答すれば、MIMOシステムは複数の並列する空間チャンネルを作ることができる。これらの並列する空間チャンネルによって単独に情報を伝送するなら、データ率は必然的に向上することができる。

MIMOは、マルチパス無線チャンネルと送信及び受信を一つの全体として最適化させることにより、高い通信量及びスペクトル利用率を実現する。これは最適に近いともいえる時間・空間連合のダイバーシティ及び干渉除去処理である。

システムの容量は通信システムを表す最も重要な特徴の一つであり、通信システムの最大伝送率を表すものである。送信アンテナ数がN、受信アンテナ数がMであるMIMOシステムの場合、チャンネルが単独のレイリーフェージングチャンネルであり、N、Mを大きくする場合、チャンネル容量CはC=[min(M,N)]Blog2(ρ/2) に近い。

Bは信号帯域幅であり、ρは受信側の平均送信出力とノイズ出力の比であり、min(M,N)はM、Nのうちの小さい方である。上式によると、功率と帯域幅が固定値である場合、MIMOシステムの最大容量又は容量の上限は最小のアンテナ数の增加とともに直線的に増加する。一方、同じ条件において、受信側又は送信側がマルチアンテナ又はアンテナ配列を採用する通常のスマートアンテナシステムの容量は、アンテナ数の対数の増加のみに連れて増加する。比べてみると、MIMOは、無線通信システムの容量の向上に極めて大きな可能性を与えたと言える。

また、この場合のMIMOシステムのチャンネル容量はアンテナ数の増加とともに直線的に増加する。つまり、MIMOチャンネルを利用することにより無線チャンネルの容量を倍増し、帯域幅及びアンテナ送信率を強化しなくとも、スペクトルの利用率を倍増することができる。MIMOを採用することによって、チャンネルの容量を向上するとともに、チャンネルの安定性を高め、エラー率を減少することができる。現在、MIMO分野のもう一つのホットな研究テーマは、時空符号化である。慣用の時空間符号は空間時間ブロック符号、空間時間格子符号がある。時空間符号の主な思想は、空間及び時間上の符号化によって一定の空間ダイバーシティ及び時間ダイバーシティを実現し、チャンネルのエラー率を減少することである。

II. MIMOに係る中国特許出願状況の分析

1. MIMOに係る中国特許出願件数の動向について

統計によると、中国特許データベースにおけるMIMOに係る2012年9月5日までの特許出願件数は、計3332件である。図2は、年毎の出願件数と出願件数の動向を示している。なお、特許出願は原則として18ヶ月の公開準備期間を有するので、現(2012年9月の)時点では2011年3月までの特許出願が公開されている。そのため、図2に示すデータは2010年までのものであり、2011年及び2012年のデータはない。

中国におけるMIMOに係る特許出願は1992年から始まった。1992年から現在までの発展について、2段階に分けられる。第1段階は、1992年~2002年頃までの形成期を指す。この間の出願件数は少なく、いずれも一桁しかなかった。第2段階は、2002年から現在までの急速発展期を指す。この段階の出願件数は急速に増加し、毎年非常に高い増加率を示しており、2002年の35件から、2010年の568件まで増加した。出願件数は、わずか8年間で20倍近く増加した。また、MIMOは将来多くの移動体通信のキー技術の一つに過ぎないが、年間500件を超える出願件数があることから、現在、この技術に関する研究の熱さが伝わってくる。




 
2. MIMOに係る中国特許出願の出願人について

本節では、MIMOに係る中国特許出願の出願人の分布について、統計に基づいて分析した。まず、出願人が外国企業/個人であるか、又は中国企業/個人であるかによって、これらの出願を外国からの出願と国内出願の2種類に分けてそれぞれの比率を求めた。また、外国からの出願について、国別の出願件数を調査した。

2.1 外国からの出願と国内出願の比率

図3は、総出願件数における外国からの出願と国内出願のそれぞれの比率を示している。外国からの出願は1470件で、44%を占めているのに対し、国内出願は1862件で、56%を占めている。国内出願総件数は外国からの出願総件数に比べて12%多いが、国内出願人には、外国企業の中国子会社が含まれており、その特許は実質的に外国企業によってコントロールされている。例えば、アルカテル・ルーセント上海ベル(以下、上海ベルという)、北京SAMSUNG通信技術研究有限公司(以下、北京サムソンという)などが挙げられる。したがって、定性的観点からみれば、件数において、外国からの出願と国内出願はほぼ同じといえる。


2.2 外国からの出願の分布について

図4は、外国からの出願における各国又は地域が占める比率を示している。図4によると、アメリカ、日本、韓国からの出願が全体の大部分を占めており、それぞれ36.05%、28.84%、16.05%であり、合わせて80.94%を占めている。他の国又は地域が占める比率は小さく、いずれも5%以下である。しかし、ヨーロッパ全体を欧州連合として見ると(イタリア、イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデン、オランダ、イスラエルなどを含む)、その比率は15.37%に達する。



図5は外国からの出願件数が8位までの国の出願件数を示している。1位のアメリカは530件であり、次は日本の424件であり、韓国の出願件数は上位2国に比較すると少なく、236件である。


2.3 MIMOに係る中国特許出願の主な出願人について

上述の内容において、中国におけるMIMOに係る特許出願の出願人の分布について分析した。政府機関からすれば、対応する特許政策の決定に参考価値はあるかもしれない。一方、企業又は個人は、この分野の主な出願人に関心を持っていると思われる。なぜなら、これらの出願人は当該分野の研究、発展に極めて重要な役割を果たすとともに、他の出願人の主なライバル又はパートナーとなる可能性があるからである。本節は、出願件数及び登録件数という2点から主な出願人について分析する。

2.3.1出願件数に基づく場合

図6は、MIMOに係る中国特許出願の出願件数が10位までの出願人を示している。中興通訊(ZTE、以下、中興という)が451件で1位を占めており、その出願件数は第2位の華為技術有限公司(Huawei Technologies、以下、華為という)より80%も多い。第3位はアメリカのクアルコム(QUALCOMM)であり、その出願件数は華為とほぼ同じである。第4位のパナソニック以降の出願件数は明らかに減少していく。10位までの出願人のうち、4社は中国企業であり、アメリカ、日本及び韓国はそれぞれ2社である。


 
図7は国内出願人のランキングを示している。中興、華為、大唐モバイル通信設備有限会社(Datang Mobile Communications Equipment Co., Ltd、以下、大唐モバイルという)の3社以外に上海ベル、北京サムソンという外国企業の中国支社があり、他の5つの出願人は大学である。

 
2.3.2 登録件数に基づく場合

出願件数のみによる統計は、当該分野における出願人の位置付けを完全には表すことができず、登録件数はより一層好ましいデータだと思われる。図8は、登録件数ランキングの10位までの出願人を示している。これによると、3位までの出願人は出願件数による統計データと同じで、依然として中興、華為とクアルコムである。ただし、出願件数においては、中興は華為に比べて80%も多いが、登録件数においては、華為に比べてわずか17%多いに過ぎない。クアルコムの出願件数は華為に比べてわずか5%少ないが、登録件数では華為に比べて26%も少ない。また、出願件数が第4位のパナソニックの登録件数はわずか23件であり、第9位まで下がっている。


一方、北京サムソンはパナソニックに代わり登録件数で第4位を占めている。また、出願件数でトップ10に入ったLG電子、インテル、NTT及び東南大学はいずれも登録件数トップ10に入っておらず、深セン光啓研究院、アメリカブロードコム(以下、BRCMという)、上海交通大学及び清華大学が替ってトップ10に入っている。全体からすれば、登録件数トップ10の出願人のうち、中国出願人は6社であり、アメリカ企業は2社、韓国企業及び日本企業はそれぞれ1社となっている。

2.4 MIMOに係る中国特許出願の課題について

本節は、MIMOに係る中国特許出願の課題について分析した。中国特許データベースはIPC分類のみを採用し、より具体的なECLA、ICO又はFI/F-TERM分類がないため、IPC分類による統計は、おおまかな結果に過ぎない。

図9は、IPCによる年ごとの出願件数の統計データであり、出願件数が8位までのIPC分類番号が記載されている。まず、これらの分類番号の意味を紹介する。

H04L1/06:空間ダイバーシティを用いて受信した情報中の誤りを検出又は防止するための装置

H04B7/06:送信局における離れて配置された複数の独立アンテナを用いるダイバーシティシステム

H04B7/04:離れて配置された複数の独立アンテナを用いるダイバーシティシステム

H04L27/26:多重スペクトルコードを用いる変調搬送システム

H04L1/00:受信情報中の誤りを検出又は防止するための装置

H04B7/08:受信局における離れて配置された複数の独立アンテナを用いるダイバーシティシステム

H04B7/02:ダイバーシティシステムを用いる無線伝送システム

H04L25/02:ベースバンドシステムの部品

このように、MIMO分野において、特許出願は主にH04L1/00及びH04B7/00の2つに集中している。この2つは、技術的に若干相違点がある。H04L1/00のテーマは、受信側のダイバーシティ受信システムのミスを如何に防止するかに係り、主に変復調、コーデックなどのデータリンク層技術に関する。一方、H04B7/00のテーマは、マルチアンテナの無線伝送システムに係り、主に力率制御、マルチアンテナの方向性、マルチアンテナの分極などの物理層技術に関する。

 
H04L1/00及びH04B7/00に係る特許出願件数の動向をより明確に示すために、他の分類が付与されておらず、これだけが付与された毎年の出願件数を図10にまとめた。図10からみれば、H04B7/00の出願件数は2002年~2008年の間に急速に増加し、件数からすれば、明らかにH04L1/00より多い。これは、その間では、物理層に係る出願はデータリンク層に係る出願より遥かに多いことを示している。しかし、2008年以降、H04B7/00の出願件数はしだいに減っていくのに対し、H04L1/00の出願件数は大幅に増加し、2010年の出願件数はH04B7/00とほぼ同じになる。これは、近年、物理層に関する研究が若干少なくなってきたのに対し、データリンク層に関する研究が増加し続けていることを示している。



III. MIMOの発展への予測

MIMOに係る中国特許出願の第2章の分析により、MIMOの中国における特許出願の現状は多少明確になると思われる。これらの現有データに基づき、その動向について合理的に分析及び予想すれば、この技術の将来像が見えてくるであろう。

2.1の出願件数の変化の動向から、MIMOに係る中国特許出願は短期間内には、依然として迅速に成長し、年出願件数も保持されながら、さらに年ごとに増える可能性が高いと予測することができる。

主な出願人には大きな変化はなく、中国企業は依然として中興、華為であり、アメリカ企業はクアルコム、日本企業はパナソニック、韓国企業はサムソンであろう。

分野については、依然として主にH04L1/00及びH04B7/00に集中し、かつH04L1/00の出願件数は近い将来H04B7/00を超える可能性が高いと思われる。
 
(2012) 


ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
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