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商標コンセント制度の現状及び併存協議書の中国商標実務における運用


北京林達劉知識産権代理事務所
中国商標弁理士 肖 暉
 
近年、中国における商標出願は急増している。2019年、中国の商標出願件数は783.7万件であり、登録件数は640.6万件であり、そのうち、国内商標登録件数は617.8万件であった。昨年末までに、有効商標の登録件数は2,274.3万件に達した。商標資源には限りがあるため、先行商標と同一又は類似であるという理由で拒絶される比率もますます高くなっている。したがって、実務において、併存協議書は、商標拒絶査定不服審判でますます広範に運用されている。本稿では、各国のコンセント制度の概要、現在の中国コンセント制度の概要及び中国商標実務における併存協議書の運用などの面から、筆者のこれまでの実務経験を踏まえて、紹介させていただきたいと思う。皆様の参考になれば幸いである。

I.各国のコンセント制度の概要

世界知的所有権機関(WIPO)のレポートには、「商標併存とは、異なる2つの企業が同一又は類似する商標を使用し、かつ互いのビジネス活動へ影響を及ぼさないことをいう」という記載がある。

世界各国におけるコンセント制度の運用は現在、それぞれ異なっているが、主に以下の3種類に分けられる。

1.完全型又はほぼ完全型

欧州連合(以下、「EU」 という)、イギリス、ニュージーランド、インド、ハンガリーなど。

1)EU

EU地区では、「商標に関する加盟国の法律を接近させるための2008年10月22日付け欧州議会および欧州理事会の指令2008/95/EC」(以下、「2008年指令」という)に商標の併存協議書について規定している。2008年指令第5条によれば、「加盟国は、先行商標権者又はその他の先行権利者が後願商標の登録に同意する場合、当該商標の登録に同意するか、又は当該商標の無効宣告する必要はないことを容認できる」と規定されている。

EUは商標登録の相対的拒絶理由に対して実体審査を実施しないため、欧州連合知的財産庁(EUIPO)に併存協議書を提出する手続きがない。ただし、EUIPOの規定によれば、当事者は友好的な協議を通じて和解を求めることができる。したがって、異議申立手続きにおいて、併存協議書は双方の紛争を平和的に解決する方法の一つとして考えられる。

2)イギリス

イギリスは商標類似判断の審査実務において、同意書の効力を絶対的に無条件で容認している。1994年に施行された『商標法』第5条第5項には、「本条のいかなる内容も、先行商標の所有者又はその他の権利所有者の同意を得た商標の登録を禁止するものではない」と規定している。すなわち、先行商標の所有者の同意による効力は、より強く、第5条に規定されている同一商品又は役務における同一商標を含むすべての拒絶的要素を除外できる。

また、イギリスも商標登録の相対的拒絶理由に対し実体審査を実施していないため、UK IPOに併存協議書を提出する手続きもない。併存協議書は、異議申立の手続きにおいて、紛争を友好的に解決する手段として当事者に使用されるだけでなく、有効な併存協議書(事前に相手から獲得したもの)は無効理由に対する有効な抗弁手段として使用される(イギリス『商標法』第47条)。

2.留保型

アメリカ、中国、台湾、香港、ベトナム、シンガポール、マレーシア、カナダ、メキシコ、ブラジル、スウェーデン、ロシアなど。

1)アメリカ

アメリカ「商標審査ハンドブック」U.S.Code第1052条(d)(3)には、米国特許商標庁(以下、「USPTO」という)にすでに登録されている商標を含み、出願人の商品における使用が混同と誤認を生じやすい場合、当該商標の登録を認めないと規定している。後願商標が使用方法、使用地域、使用の条件と制限がある状況下で、同一又は類似する商標の連続使用が2名以上に混同と誤認を生じないとUSPTOに判断されれば、先行商標と併存登録できる。また、審査中の商標出願人又はすでに登録された商標の所有者が後願商標の併存登録に同意すれば、後願商標は当該審査中の商標又はすでに登録された商標の出願日前に使用していたことを求める必要はない。さらに、管轄権を有する裁判所が最終審において、ビジネスにおける同一又は類似商標に使用する権利を2名以上が有すると判示した場合、USPTOは後願商標の併存登録を認める。後願商標の併存登録を認める際に、USPTOはいずれの商標の所有者もそれぞれの商標の使用方法、地域、又は商品の条件と制限を規定すべきである。

つまり、アメリカの商標法によれば、USPTOは通常、先行商標と同一又は類似する商標の登録を認めないが、当事者がコンセント制度を利用した場合は除外する。また、USPTOは併存協議書の効力を判断し、通常先行商標権者と後願商標出願人の間で、それぞれの商標の具体的な使用方法、地域を約定したか否か、商品を制限したか否か、消費者の混同と誤認を生じるか否かなどの要素を考慮する。

2)シンガポール

シンガポールの『審査官審査業務ハンドブック』第7章7条(b)(i)には、審査官は先行商標権者の併存協議書を十分に重視することができ、先行商標又はその他の先行権利の所有者の同意により、『商標法』第8条(9)の規定に基づき、後願商標の出願を受入れ、登録するか否かを自己の裁量ででき、かつ公衆の混同と誤認を引き起こすか否かを判断できると規定している。ただし、各案件の具体的な情況に応じ、審査しなければならず、商標が実質的に同一で、商品又は役務も同一である場合、併存協議書が認められない可能性が高い。もし併存協議書が容認された場合、先行商標権者の同意により当該商標の登録出願が受理されたことを公告する必要がある。

3.今後導入される可能性がある国

日本、韓国など。

1)日本

現在、日本においては、コンセント制度について、法律に明文化された規定はない。そのため、実務において、通常「アサインバック(assign back)」制度が利用されている。すなわち、他人の先行商標により拒絶された商標出願人は、先行商標権者と協議し、その同意を得た上で、当該商標を先行商標権者に譲渡できる。そうすることで、権利衝突が解消でき、当該商標は登録を取得でき、その後、更に先行商標権者より当該商標が元の出願人に譲渡されることにより、事実上の商標併存を実現させるものである。

日本では、以前から法律上でコンセント制度を導入する可能性が検討されているが、結論がまだ出ていない。現在の実務において、出願人と引用商標権者との間に支配関係(親子会社である)を有し、かつ出願に係る商標が登録を受けることについて引用商標権者が了承している旨の証拠を提出できれば、日本『商標法』第4条第11項第11号に規定の不登録事由に該当しないと認定され、商標登録を取得できる。そして、日本特許庁の公式サイトに、当該方法により登録したことは公示される。現在、出願人と引用商標権者との間に支配関係がある状況に限るが、コンセント制度を導入する道で少し邁進したと言える。

2)韓国

現在、韓国においては、コンセント制度は法律に明文化されていない。2013年11月に公布された商標法改正案にはコンセント制度の提案が含まれていたが、採用されなかった。現在の商標実務において、併存協議書は認められていない。通常、拒絶査定の理由になった引用商標と併存して登録を取得したい場合、日本と同様に「アサインバック」制度を利用する。

Ⅱ.中国における商標コンセント制度の現状

1.概要

中国『商標法』には、コンセント制度は明確に規定されておらず、中国はアメリカ、シンガポールのように留保型に属する。ただし、以下の法律、法規、司法解釈には、商標併存の概念がすでに導入されている。

1)『商標法』第59条第3項には、「商標権者がその登録商標を出願する前に、他人がすでに同一又は類似の商品について、商標権者よりも先に登録商標と同一又は類似の商標を使用し、かつ一定の影響を有するようになった場合、登録商標の商標権者は、当該使用者が元の使用範囲において当該商標を継続して使用することを禁止する権利を有しない。ただし、区別要素の追加を適宜に要求することができる。」と規定している。すなわち、商標の先使用権による商標併存が認められている。
 
2)『商標評審規則』第8条には、「商標審判期間中、当事者は法によって、その商標権及び商標審判に係る権利を処分する権利を有する。社会公共の利益、第三者の利益を損なわないことを前提に、当事者間で自己により又は調停を経て書面で和解に合意できる。」と規定している。すなわち、当事者が法によって、自らの私権を処分し、自己により和解に合意することが認められている。

3)2010年4月20日に最高裁判所により発表された『最高裁判所による商標の権利付与・権利確定に係る行政訴訟の若干問題に関する意見』第1条には、「使用期間が長く、高い声誉を持ち、かつ関連公衆の群体を有する係争商標について、先行商業標章の権益に対する保護と市場秩序の維持を調和させるという商標法の立法趣旨を正しく把握し、関係公衆が客観的に関係商業標章を識別できるという事実を十分尊重し、形成され、かつ安定した市場秩序の保護を重要視すべきである。」と規定している。すなわち、特定な歴史条件ですでに客観的に形成された類似商標併存が認められている。

2.実務上の運用

現在、コンセント制度は、中国の商標実務において、すでに広範に運用されている。2007年10月16日に開催された商標審判委員会第24回委務会では、拒絶査定不服審判案件における「併存協議書」の問題が検討され、かつ2007年11月第7期(総第30期)の『法務通訊』に「商標審判委員会は拒絶査定案件における併存協議書について真剣に検討した」という文章が掲載された。文章では、商標併存を認めるか否かを判断する際に、出願人と引用商標権者との間で商標併存に合意し、当事者間の衝突がすでに解消され、かつ双方が実際の使用において、双方が「ただ乗り」しないことを表明すれば、互いの商標を区別する善意を有すると推定できると指摘している。ただし、消費者の利益を保護することも中国『商標法』の立法趣旨であるため、商標併存を認めるか否かを判断する際に、2つの商標の使用商品の類似度、2つの商標の類似度及び知名度を総合的に考慮しなければならない。すなわち、使用商品は同一の類似群に属するけれど、類似度が低く、商標自体には類似点があるけれど、消費者が全体的に識別できれば、商標併存が認められる。一方、先行商標の知名度が高く、後願商標の登録と使用により、消費者の混同を引き起こしやすい場合、後願商標の登録は拒絶される。後願商標がすでに使用されており、かつ一定の知名度を有し、消費者が先行商標と後願商標を識別できれば、後願商標の登録を許可できる。

2018年7月、北京市高等裁判所知的財産権法廷(民三廷)による「昨今の知的財産権に係る裁判において注意すべき若干の法律問題(2018)」という文章が発表された。その中で、知的財産権に係る裁判実務における「併存協議書」に関する問題について、「併存協議書」や「同意書」が「混同の恐れ」を排除する直接的な証拠にすることができるか否かについての指導意見に言及した。

2019年4月に北京市高等裁判所より発表された「商標の権利付与、権利確定に係る行政案件の審理に関するガイドライン」第15節第10項~12項には、「併存協議書の属性、形式要件及び法的効果」が明確に規定されている。同ガイドラインには、「併存協議書は、混同を排除する初歩的な証拠とすることができる」という属性の定説が明確に規定されている。また、併存協議書の法的効果についても、「引用商標と係争商標の商標、標章が同一又はほぼ同一で、かつ同一又は類似する商品に使用されている場合、併存協議書のみを根拠として係争商標の登録を許可できない。引用商標と係争商標の商標、標章が類似しており、同一又は類似する商品に使用されている場合、引用商標権者より併存協議書を発行し、係争商標と引用商標が併存することで、関連公衆が商品の出所に対する混同を引き起こすことを十分に証明できる他の証拠がない場合、係争商標は引用商標と類似しないと認定される」と定められている。

つまり、現在の実務において、併存協議書又は同意書は審査官や裁判官に広く認められ、運用されている。拒絶査定不服審判案件において、併存協議書又は同意書はすでに拒絶理由を克服する重要な手段の一つとなっている。通常、係争商標は引用商標に類似する点があったとしても、全体として消費者に識別されることができ、かつ指定商品又は役務が一定の差異があれば、併存協議書又は同意書は混同を排除する初歩的な証拠として認められる。

Ⅲ.中国商標実務における商標併存の基本的な状況についての分析

1.商標審判委員会による近年の審判案件に関するデータと分析

1)基本データと分析

概算統計によれば、2018年末までに、商標審判委員会が拒絶査定不服審判案件の結審において「併存協議書」又は「同意書」に係った案件は、8,623件に達した。そのうち、最終的に登録査定された件数は3,050件で、部分査定された件数は1,602件であり、拒絶査定された件数は3,971件であった。また、過去5年間で、併存協議書又は同意書が提出された審判案件において、商標審判委員会に支持された比率は50%以上を上回った。



 2)一部の審判案件リスト



 
判例の検索を通じて、商標審判委員会が併存協議書又は同意書を支持しないのは、通常以下の2つの理由があることが分かった。
 
①係争商標が先行商標と完全に同一であるか、又は類似度が高く、両者が市場で併存すると、関連公衆が商品の出所に対して混同と誤認を招きやすいと審判官が判断した場合。
 
②出願人が拒絶査定不服審判を請求する際に、引用商標権者と商標併存について協議することを要求したが、審理する時点までに、引用商標権者は、出願商標がその指定商品又は役務において、引用商標と中国で併存することに同意する合法的で有効な書面による証明資料を商標審判委員会に提出していない場合。
 
このように、拒絶査定不服審判案件において、併存協議書又は同意書がすでに広く運用されていることは、具体的な案件から分かる。後願商標が先行引用商標と一定の区別を有し、かつ消費者の混同と誤認を引き起こす可能性があると証明できる他の証拠がない限り、併存協議書又は同意書が支持される可能性は比較的高い。併存協議書又は同意書はすでに拒絶理由を克服する重要な手段の一つになっている。

2.司法判例における併存協議書又は同意書に関する統計及び判例の紹介

現在、司法段階において、併存協議書又は同意書を利用して引用商標の障害を克服するケースも年々増加しており、拒絶理由を克服する重要な手段の一つになっている。筆者は北京知産宝網絡科技発展有限公司(IPHOUSE社、中国国内の知的財産権のイノベーション及び保護に関するビックデータ企業)の判例データに基づき、2008年~2018年に北京市第一中等裁判所、北京知的財産裁判所、北京市高等裁判所、最高裁判所が判決を下した商標併存に係る判例、計272件を収集し、そのうちの74件の基本情報に対して、調査と分析を行った。詳細は以下のとおりである。

1)「併存協議書」又は「同意書」に係る訴訟案件の概要

以下のデータが示すように、2008年~2013年の5年間に、行政訴訟案件において「併存協議書」又は「同意書」が提出されたケースは極めて少なく、合計でわずか30件であった。しかし、2014年には25件に増加し、2015年~2017年の間は、毎年45件を上回り、2018年には68件まで増加した。中国における商標出願件数が急増傾向にある状況において、商標併存のニーズもますます高まっている。




 
2)「併存協議書」又は「同意書」を提出した当事者の状況分析

筆者が抽出した74件の商標行政訴訟案件において、アメリカ、ドイツ、中国、日本、シンガポール、フランス、イギリス、オランダ、香港、スイス、オーストラリア、アラブ首長国連邦、ニュージーランド、台湾、イタリア、ノルウェー、デンマーク、フィリピン、リヒテンシュタイン、ルクセンブルク、北アイルランド、韓国など22の国や地域の企業は、「併存協議書」又は「同意書」を申請するか、又は提出した一方の当事者として、商標併存を請求するか、又は併存の請求に同意した。そのうち、海外企業としては、アメリカ、ドイツ、日本の企業が最も多かった。また、2008年~2015年の間に、当事者となった中国企業はほとんどなかったが、2016年から中国企業のニーズもますます増え、74件の案件のうち、中国企業が一方の当事者となったのは2018年までに、20件に達した。このことから、現在、中国企業の商標併存のニーズも現在、大幅に増加していることが分かる。




 
3)一部の案件から見る司法裁判における「併存協議書」又は「同意書」に対する判断傾向




 
上記の表が示すようにり、2008年~2012年まで、司法裁判において、「併存協議書」はほぼ否定されていたが、2013年より個別案件において徐々に認められるようになり、2014年にピークに達し、100%が支持された。その後、案件数がますます増加し、個別案件の具体的な状況が多様化し、見解が多岐にわたるようになったが、支持される件数は統計件数の60%以上を占めている。

4)一部の司法案件リスト及びその分析






 
筆者が抽出した判例状況から見れば、司法裁判において商標の併存協議書又は同意書が支持される理由として、主に以下のことが考えられる。
 
①権利者のその権利に対する処分を尊重すべきである。
 
臉霧(北京)影視文化発展有限公司の第20403296号商標「」の拒絶査定不服審判に係る審決取消行政訴訟案件において、一審裁判所は判決書にて以下の観点を示した。商標登録出願において、『商標法』第30条に基づく混同の可能性に対する判断は、商標行政機関又は裁判所が関連公衆の観点から出す推定である。本件の「同意書」は、同公司と直接的な利益関係を有する先行商標権者と係争商標の出願人が共同で達した合意であり、その混同を生じる可能性があるか否かの判断は、市場の実際状況に、より合致している。商標権は民事財産権利である。意思自治の原則に基づき、重大な公共利益にかかわらない限り、商標権者は自分の意志に従い、権利を処分できる。本件の「同意書」は、商標出願人が先行商標権者と協議をして、先行商標権者より、類似標章が同一又は類似する役務において併存することに同意する意思を表明し、先行商標権者がその権利に対する処分を体現したものである。したがって、係争商標が先行商標と併存することで混同を引き起こす可能性を示す明確な要素がなく、かつ当該「同意書」が法律、行政法規に違反するか、または関連公衆の利益を損なう可能性があることを証明できる十分な証拠がない限り、引用商標権者の先行引用商標に対する処分及び係争商標の登録に同意する態度を十分に尊敬すべきである[1]

グーグル社の第11709161号商標「」の拒絶査定不服審判に係る審決取消行政訴訟案件において、最高裁判所は判決書で以下の観点を示した。本件において、損なわれているか否かをまだ確定できない一般消費者の利益と比べると、係争商標の登録と使用は引用商標権者である株式会社シマノの利益に対する影響のほうが、より直接的かつ現実的である。株式会社シマノは、同意書を発行し、グーグル社が中国において係争商標を含む関連商標権を出願し、使用することにはっきりと同意したことは、同社が、係争商標の登録により関連公衆の混同と誤認を容易に引き起こすか否かについて、否定的又は仕方なく容認する態度であったことを示している。特に、グーグル社と株式会社シマノはぞれぞれの関連分野における有名企業であり、本件において、グーグル社が係争商標を出願、又は使用する際に株式会社シマノ及び引用商標の知名度を故意に利用しようとする悪意を持っていたことを証明できる証拠はなく、また、係争商標の登録が国家の利益、又は社会の公共利益を損なうと証明できる証拠もない。客観的な証拠がない情況において、まだ確定できていない「消費者の利益を損なう」という理由で、引用商標権者が生産者、経営者としてその合法的な権益に対する判断と処分を簡単に否定してはならず、引用商標権利者が発行した同意書を考慮しなくてはならない[2]
 
②同一の商品又は役務に同一商標を出願する場合を除いて、併存協議書は商標類似判断の重要な根拠とされるべきである。
 
ロイヤルフィリップス社の第1362718号商標「DynamiQ」の拒絶査定不服審判に係る審決取消行政訴訟案件では、一審判決において、「商標類似、又は商品類似を判断する場合、先行商標権者の意見を十分に考慮し、尊敬すべきである。同一の商標又は役務に完全な同一商標を出願する場合を除いて、当事者が併存協議書による形式で商標法に規定の商標権の共有を回避するために、併存協議書を考慮しない以外の情況において、同一又は類似する商品又は役務に類似商標を登録出願する場合、併存協議書は商標類似判断の重要な根拠とされるべきである。先行商標権者が、係争商標、標章が関連公衆の混同と誤認を生じないと認識するか、又は類似商標が同一又は類似する商品又は役務に出願することに同意する場合、通常両者を類似商標であると認定しない[3]。」と判示した。

また、司法裁判において、併存協議書又は同意書が認められない理由として、主に以下のことが考えられる。
 
①関連公衆の利益を損なう場合
 
済南艾格福実業有限公司の第13975119号商標「」の拒絶査定不服審判に係る審決取消行政訴訟案件において、最高裁判所は、「係争商標の出願人と引用商標権者が併存協議書又は同意書により商標併存に合意した行為は、私権に対する処分であり、尊重すべきであるが、国家利益、社会公共利益及び第三者の合法的権益を損なわないことを前提としなければならない。本件において、係争商標と引用商標のいずれも第5類の有害動物駆除剤、有害植物駆除剤などの化学製剤、土壌消毒剤、農業用殺菌剤などの商品に使用され、関連商品が農業生産と生態環境と密接に関連し、当該2つの商標は類似しており、公共利益を損なう恐れがあるため、済南艾格福実業有限公司が提出した「商標併存協議書」は係争商標の登録を認める十分な理由にならない[4]。」と判示した。
 
②消費者の混同と誤認を引き起こす可能性がある場合
 
新莱特乳品有限公司(以下、「新莱特社」という)の第19088699号商標「新莱特」の拒絶査定不服審判に係る審決取消行政訴訟案件では、二審判決において、併存協議書は『商標法』第30条に規定されている混同を認定する際に適用される考慮事項であり、本件において、新莱特社は公証済みの「商標併存協議書」を提出したにもかかわらず、係争商標と2つの先行商標とは類似度が高い。また、係争商標が指定した一部の不服審判に係る商品と2つの引用商標で承認された指定商品とは同一商品である。したがって、係争商標が2つの引用商標と併存する場合、混同と誤認を引き起こす可能性がより高く、たとえ引用商標権者である光明乳業股份有限公司が「商標併存協議書」において、新莱特社の関連公衆と自社の関連公衆とは全く異なっていることを主張したとしても、新莱特社は光明乳業股份有限公司の子会社として、両社の経営範囲は、重なっている部分があることを、新莱特社が本件で提出した証拠から確定でき、「商標併存協議書」では両社の経営範囲及び市場シェアについて十分に説明し、かつ明確に約定していない情況において、上述の併存協議書だけでは商標併存による混同を引き起こす恐れを十分に排除できない[5]。」と判示した。

株式会社池田模範堂の第1399228号商標「」の拒絶査定不服審判に係る審決取消行政訴訟案件では、二審判決において、「本件の訴訟において、株式会社池田模範堂は、引用商標権者と締結した商標併存協議書を提出したが、当該同意書が混同を引き起こす可能性を排除する初歩的な証拠としかみなされず、商標併存が支持されるか否かの判断には、係争商標の引用商標との類似度、指定商品の区分及び商標併存が社会公衆の利益を影響を及ぼすか否かなどの要素を考慮しなければならない。係争商標は引用商標との類似度が高く、かつ指定商品は人が使用する薬品であるため、権利者間の取り決めだけで関連公衆の混同と誤認を引き起こす恐れを十分に排除できない[6]。」と判示した。
 
③消費者の識別コストを増大させる場合
 
雷蛇(亜太)私人有限公司の第187252080号商標「」の拒絶査定不服審判に係る審決取消行政訴訟案件では、一審判決において、「法律規定によれば、商標が識別性を有する理由は、先行商標権を保護するためだけでなく、社会の公共利益を考慮するためでもあり、商標の識別性は消費者に速やかに出所を識別させ、かつ消費の好みを確立させるためであり、異なる出所及び品質を代表する類似商標の併存を認める場合、消費者の識別コストを増大させることを回避できず、更に消費者の誤認及び誤認による消費を引き起こし、消費者の合法的利益を損なうことになる。もし商標が識別性を有するか否かによって、消費者の利益及び市場の秩序に影響を及ぼす場合、識別性を有さない商標の登録を認めるか否かについて、先行商標権者の意思だけで決めてはいけない。もし2つの商標の指定商品又は役務が同一又はほぼ同一で、商標自身もはっきり識別できる明らかな差異がなければ、たとえ先行商標権者が商標併存に同意しても、係争商標の登録を認めてはいけない。なぜならば、前述のとおり、商標併存の一方の関連利害者である消費者の利益へ影響が及ぶからである[7]

西門子(シーメンス)医療有限公司の第22790054号商標「CHRONON」の拒絶査定不服審判に係る審決取消行政訴訟案件では、一審判決書において、「法律規定によれば、商標が識別性を有する理由は、先行商標を保護するためだけでなく、社会の公共利益も考慮するためでもあり、商標の識別性は消費者に速やかに出所を識別させ、かつ消費の好みを確立させるためであり、異なる出所及び品質を代表する類似商標の併存を認める場合、消費者の識別コストを増大させることを回避できず、更に消費者の誤認及び誤認による消費を引き起こし、消費者の合法的な利益を損なうことになる[8]。」という類似の観点を判示した。
 
④提出した証拠に欠陥がある場合
 
神経康復公司の第1662771号商標「PONS」の拒絶査定不服審判に係る審決取消行政訴訟案件では、二審判決書において、「当事者が中国人民共和国(以下、「中国」という)の国土以外の地域で形成された証拠を提出する場合、証拠の出所を説明し、証拠の所在国の公証機関において公証を行い、かつ所在国の中国領事館の承認を取得するか、又は中国と証拠の所在国が締結した関連条約に規定されている証明手続きを履行すべきである。神経康復公司が提出した自社が引用商標権者と協議した係争商標の指定役務における登録に同意する「同意書」は公証認証手続きがないため、証拠として採用できない[9]。」と判示した。

四.終わりに

商標権は民事財産権利の知的財産権の重要な権利の一つとして、本質的には私権の一つであり、契約の自由原則に基づき取り決めることができる。筆者は、通常、商標の併存協議書又は同意書に係る案件において、完全に同一の商標以外は、当事者の意思自治を十分尊重し、当事者のその権益に対する処分を十分尊重すべきである。勿論、消費者の利益を保護するために、公権と私権のバランスをとるということを考慮すると、国民の健康及び公共環境の安全などの公共利益に明らかに影響を及ぼす場合、商標併存に対して、より厳格で、慎重な態度を取るべきである。また、商標の類似による混同の判断が非常に複雑であるため、商標自身の類似度及び指定商品又は役務の関連度だけでなく、2つの商標の知名度及び公衆の関心の程度、商品販売時に主観的な悪意が有るか否か、具体的な商品パッケージが他の識別要素を有しているか否かなども考慮しなければならない。現在、司法段階の判断においても、双方当事者が提出証拠に基づき、更に総合的に判断しなければならない。したがって、商標案件を審理する行政機関は、証拠及び客観的な混同事実が欠けている情況、特に拒絶査定不服審判請求案件において、主観的な推定だけで混同の可能性があると簡単に判断してはいけない。もし引用商標権者は「併存協議書」又は「同意書」で係争商標の登録に同意し、かつ混同の可能性があるか、又は引用商標権者の「併存協議書」又は「同意書」が公共利益を損なうと証明できる他の証拠がない場合、係争商標の登録を認め、巨大な市場における異なる商標権者の合理的な共存及び包容性のある発展を図るべきである。
 
参考文献:

1.国家知識産権局 元商標審判委員会『法務通訊』総第30期(2007.11)---2009年4月9日
http://spw.sbj.cnipa.gov.cn/fwtx/200904/t20090409_226883.html
2.『審判実務研究』「現在の知識産権裁判において注意すべき若干の法律問題(2018)」 北京高等裁判所民三廷、北京裁判
https://mp.weixin.qq.com/s/o9g5EOgNhUxwldgVXVLq1Q
3.『中華商標雑誌』---「商標同意書は合法であるか。いかに効力を認定するのか。北京知的財産訪印裁判官が提出した新たな裁判に対する考え方」 (王仲陽)(2019年1月)
http://www.cha-tm.com:8443/xinwen/html/201901/201901041602472252.html
4.「2015年特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書---商標制度におけるコンセント制度についての調査研究報告書」 株式会社サンビジネス(2016年2月)
 

[6](2018)京行終2741号
[7](2017) 京73行初7970号
[8](2018) 京73行初9292号
[9](2018) 京行終2883号
(2020)

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