五庁の特許無効審判における訂正の制限の比較 ——登録クレームに含まれていない構成について
中国の特許無効審判における訂正の制限は近年、緩和されていることが知られている。一方、中国の無効審判において、一般的に登録クレームに含まれていない構成を訂正によりクレームに盛り込むのが認められないことは依然として、基本方針の一つであり、特許権者に対する強い制約となっている。本稿では、五庁のうち日本特許庁(JPO)、韓国特許庁(KIPO)、米国特許商標庁(USPTO)、欧州特許庁(EPO)の無効審判においても同様の制限があるのかについて、簡易な比較を行う。
1.JPO及びKIPO
2025年1月20日に発表された中日韓の「特許付与後の訂正(補正)要件及びその目的に関する比較研究」の報告書
1(以下、「報告書」という。)によると、日本特許の権利付与後、無効審判において訂正により特許請求の範囲を減縮することは認められるが、新規事項追加は禁止される(日本特許法第134の2第9項、第126条第5項。「報告書」第14頁の対比表における「要件5」を参照)。同「要件5」によれば、KIPOも、無効審判における訂正が新規事項の追加を意図しないものとすることを要件としている(韓国特許法第136条第3項及び第133条の2第4項を参照)。
しかし、日韓両国は、「登録クレームに含まれていない構成」を用いる訂正については特に制限をしていない。
2.EPO
欧州特許条約(EPC)第123条(2)、(3)によれば、訂正は、出願時における出願内容を超える対象を含めるように行われてはならず、かつ権利付与後の欧州特許は、特許請求の範囲を拡張するように訂正されてはならない。EPC規則第80条によると、EPOでの異議申立(opposition)手続きにおいて、明細書、特許請求の範囲及び図面は、訂正することができる。ただし、当該訂正は、EPC第100条に規定する異議申立理由(異議の理由が申立人により援用されていない場合も含む)によってもたらされることを要件とする。
このように、EPOは、「登録クレームに含まれていない構成」を用いる訂正を特に制限していない。
3.USPTO
米国特許の権利付与後の無効審判としては、近年議論が少なくなっている査定系再審査(Ex Parte Reexamination)と、近年広く利用されている当事者系レビュー(Inter Partes Review、IPR)など、さまざまな形態がある。米国特許審判部(PTAB)が公表しているデータを元にしたDocket Navigatorによると、2024年1月から8月までのIPRの手続き開始率は、61%であったが、2024年10月1日以降に行われたIPR申請の72%は、開始を拒否された
2。IPR手続き開始のハードルが著しく高くなっていることから、無効審判における訂正の制限について、本稿ではEPRの状況も考察する。
EPRでは、35 U.S.C. 305によれば、特許権者が、提出された先行技術と差別化するために、その特許についての訂正及び新規クレームを提案することは認められる。ただし、登録クレームを拡張する訂正クレームや新規クレームの提案は認められない。
これに対し、IPRでは、35 U.S.C. 316(d)(1)(B)によれば、手続き開始後、特許権者は、各申し立てられたクレームについて、合理的な数の代替クレームを提案するクレーム訂正の申立(Motion To Amend、MTA)を1回だけ行うことができる。35 U.S.C. 316(d)(3)によれば、登録クレームを拡張する訂正や新規事項を追加する訂正は認められない。
2024年10月18日から施行の特許審判部(PTAB)の審判手続におけるクレーム訂正請求(MTA:Motion to Amend)に関する最終規則によれば、IPRにおけるクレーム訂正の柔軟性がさらに高くなっている
3。ただし、MTAの範囲は、訴訟での不特許事由に関する訂正に限られ、連邦規則集(Codes of Federal Regulations、CFR)の42.121(a)(2)によれば、訂正案は、特許請求の範囲を拡張したり、新たなクレーム対象を導入したりすることはできない。
以上より、米国では、EPR手続きにおいてもIPR手続きにおいても、「登録クレームに含まれていない構成」を用いる訂正に関する特別な制限は見当たらない。
4.CNIPA
中国の最新の特許審査指南第四部第三章4.6.1(4)は、無効審判における訂正について、「一般的には、登録クレームに含まれていない構成を追加してはならない」と規定している。現在の五庁の無効審判において、中国はおそらくこの点について最も厳しい制限をしている。また、特許審査指南第二部第八章5.2.1.3(4)、(5)によれば、実体審査における拒絶理由通知書への応答時、元の請求の範囲に示されていない発明に関する新しいクレームを追加する補正について、審査官は、中国特許法実施細則第57条第3項に基づき、その追加を拒否することができる。よって、明細書に記載の進歩性に寄与し得る事項を適時にクレームアップしていない場合、拒絶理由応答時から権利付与後の無効審判までの各手続きにおいて特許請求の範囲に含めることができず、ひいては本来は訂正ができれば有効とされ得る特許が無効審決を受けてしまうおそれがある。
このため、実体審査段階に入る前の明細書作成の段階及び自発補正が可能な時期において、価値のある構成がすべて中国出願のクレームに含まれるように、経験豊富な弁理士に発明のポイントを十分に整理してもらう必要があるのではないかと思われる。特に、中国特許のクレーム数10以上の追加料金は、クレーム11から1つ当たり150人民元で割安である。当初出願のクレーム数が少ない場合は、自発補正及びそれ以前の期間を利用して、発明のポイントを再整理して、クレームを新設する必要があるかどうかを確認することは、中国における権利の安定性を高める上で役立つと思われる。
このように、中国と五庁のうちの他国特許庁は無効審判における訂正の制限について上記の違いがあるため、出願人としては、上記の違いを把握した上で、多国向け出願時に留意すべきであると思われる。
5.おわりに
五庁の無効審判における訂正の制限に上記の違いがあることについて、これは、中国特許庁には無効審判の効率性及び審理負担の軽減を図る考えがあるからではないかと推測されている。その背景として、中国特許庁審判部は、2024年の1年間で9100件の特許無効審判請求を受理し、膨大な業務量を抱えている
4。一方、このような規制をしたのは、訂正の妥当性の審理に手間がかかりすぎて、無効審判が現実に特許付与の実体審査となることを防ぐためであるという見方もある
5。また、中国では、無効審判における訂正の根拠を原則、登録クレームに限定することで、公衆の予見可能性を高め、特許権者と公衆との利益のバランスを維持することができ、現在の中国のイノベーションレベルに相応しいとも考えられる。
いずれにしても、出願人としては、権利化手続きから無効審判までの各段階における自らの有利な立場を勝ち取るために、実務の動向に常に関心を持つ必要があると思われる。
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1https://www.cnipa.gov.cn/art/2025/1/20/art_2633_197268.html
2https://www.mintz.com/insights-center/viewpoints/2231/2025-08-28-ptab-pendulum-swings-how-ipr-denials-are-reshaping
3https://www.fr.com/insights/thought-leadership/blogs/final-motion-to-amend-rules-now-in-effect-at-the-ptab/
4https://mp.weixin.qq.com/s/7r0q0NA0O_Zs-N0E-eMxmQ
5尹新天、「中国特許法詳細解」第481~482頁、知的財産権出版社