データの隠れた価値を解き放つ-データ知的財産権の登録とデータ取引
中国弁護士 劉 海生
デジタル化の波が押し寄せる中、データはすでに重要な生産要素の一つになっており、石油や電気のように経済社会の発展の駆動力として、その価値は右肩上がりに伸びている。データ知的財産権の登録とデータ取引は、データの隠れた価値を解き放つための重要なカギとなり、企業内イノベーションの実現、産業のアップグレード及び経済の高い発展に大きな影響を及ぼしている。本稿では、中国の現行の法律法規や実務の現状に基づいて、データ知的財産権の登録及びデータ取引メカニズムについて簡単に紹介する。少しでも参考になれば幸いである。
I. データ知的財産権の登録:データ権益の保護の強化
1. データ知的財産権の概念
中国の現行の法体系には「データ知的財産権」という概念は存在せず、『民法典』の知的財産権の対象に関する規定においても、「データ」は直接且つ明確に知的財産権の保護対象になっていない。筆者が関連政策文書を検索したところ、「データ知的財産権」という言葉が初めて使用されたのは、2021年9月に中国国務院が印刷・配布した『知的財産権強国建設綱要(2021-2035年)』で、その中に「データ知的財産権保護規則の構築を検討する」と明記されていた。その後、中国国家知識産権局は北京、上海を含めた17の省・市をデータ知的財産権の業務を行う試行地域にそれぞれ認定した。
実施において、各試行地域はそれぞれデータ知的財産権の登録に関する政策規定を公表し、その中で、データ知的財産権の定義については、若干の表現の違いはあるものの、概ね一致していた。即ち、データ知的財産権の保護対象として、以下の4つの要件を満たすデータ又はデータの集合体であるべきことが分かった。
(1)合法的に取得されたもの
(2)一定の規則に従って処理されたもの
(3)実用的な価値のあるもの
(4)知的成果の属性を有するもの
2. データ知的財産権の登録の現状及び手続き
(1)データ知的財産権の登録現状
データ知的財産権の登録は、中国にとってデータ要素の保護と利用を模索する際の重要な一歩である。中国国家知識産権局の申長雨局長が2025年1月7日に2025年全国知識産権局局長会議で行った業務報告によると、上海、浙江などの17の地域でデータ知的財産権登録弁法が実施され、累計2万2千部以上の登録証が発行され、司法裁判や資産計上において成功裏に適用されている。長期的な推移を見ると、データ知的財産権の登録は、将来的には全国範囲での普及が推し進められ、統一基準で施行されることが見込まれている。
(2)データ知的財産権の登録に関する手続き
関連データを保有する自然人、法人又は非法人組織はいずれも登録申請できる。『上海市データ製品に関する知的財産権の登録・証拠保存暫定弁法』の規定に基づいて、上海市のデータ製品に関する知的財産権の登録手続きについて以下の通り簡単に説明する。
①登録申請
申請者は下記必要書類を準備し、上海市データ製品に関する知的財産権管理プラットフォーム(https://sjdj.chinadep.net:8682/#/home/view)に登録・ログインの上、オンラインで申請を提出することが必要である。
A. データ製品に係る知的財産権登録申請書
B. データ製品に係る簡潔な説明
C. データに対して行った実質的な加工及び創造的労働に関する説明
D. 適用シーンに関する説明
E. データ製品の知的財産権帰属声明書及びその内容は国家機密に該当せず、他人の個人情報及び知的財産権に対する非侵害承諾書
F. データ製品情報
②登録審査
上海市における登録の試行事業では、形式審査と実質審査の両方を実施している。実務では、登録申請手続き中のデータ又はデータ製品は、まずAIによる重複チェックシステムで一次選別を受けてから、審査官による形式審査、一次審査の実質審査、二次審査の実質審査へと進む。特に審査が難しい申請や議論の余地がある申請案件については、定期的に専門家会議を開催して集団審査を行っている。
③公告に対する異議申立てのプロセス
審査通過後、登録情報はプラットフォームで15日間公告される。利害関係者が当該登録は規定の不登録事由に該当するとの証拠を有する場合、公示期間内に異議を申し立てることができる。上海市知識産権局は申請を受理した日から60日以内(特別な事情によりさらに60日延長可)に異議審査を完了し、決定を下さなければならない。
④登録証の発行
公告期間満了日までに異議申立てがないか、又は提出された異議申立てが成立しない場合、当該データ製品情報はブロックチェーン技術を用いて保存・認証され、登録証が発行される。証書の有効期間は3年で、満了前に無償で更新手続きができる。
特に注意すべきことは、すでに公開された各試行地域で公布されている規定及び実務から見ると、データ知的財産権の登録申請の審査については、現時点でほとんどの試行地域において形式審査が実施されていることである。実質審査を実施しているのは上海市、山東省、湖南省の3地域だけで、且つ上海市は現在、申請登録前の証拠保存や認証などの事前手続きを設けていない唯一の地域でもある。このため、多くの他の地域の企業が上海市で登録申請することを望んでいる。
上海市のこのような取り組みについて、登録申請にかかる時間的・経済的コストを削減できるだけでなく、実質審査を経たデータ製品の知的財産権の登録は、市場主体の登録品質や効力に対する信頼性を高め、データ価値の顕在化や流通取引を促進する上でより有利に働くと、筆者は考えている。
3. データ知的財産権の登録の法的効力及びデータ権益の保護ルート
司法実務において、中国裁判所は判例を通じて『データ知的財産権登録証』がデータ所有権を証明する効力を有することを確認している。データ堂公司事件(北京知的財産裁判所(2024)京73民終546号)において、裁判所は、データ堂公司が係争データ集について取得した『データ知的財産権登録証』は、同公司が当該データ集に関連する財産的権益を有することを示す初步的な証拠資料として、また当該データ集の収集行為又はデータ出所の合法性を示す初步的な証拠資料として利用することができ、反証がない場合にはこれらの事実を認定する根拠となり得ると判断した。
この判例はデータ権益の司法保護における重要な根拠を提供するだけでなく、データ知的財産権の登録の価値と必要性を肯定するものである。さらに、筆者は実務経験に基づき、データ権益の保護ルートを以下の3つのケースに分類した。
(1)データ集が著作権、特許権等の知的財産権に該当する場合:知的財産権関連法律に基づき、企業が合法的に保有するデータ権益を保護する。
(2)データ集が知的財産権に該当しないが、企業の営業秘密に該当する場合:不正競争防止法の営業秘密関連規定に基づき、企業が合法的に保有するデータ権益を保護する。
(3)上記のいずれにも該当しない場合:企業は不正競争防止法第2条「事業者は生産経営活動において、自発的、平等、公平、誠実の原則に従い、法律と商業道徳を遵守しなければならない」という原則的規定に基づき、データ権益を保護できる。
II. データ取引:データ価値の流通の活性化
中国『データ安全法』及び各地方政府が制定しているデータ条例に基づき、自然人、法人及び非法人組織は法によりデータ取引活動を展開でき、国家及び地方政府はデータ取引活動の展開を奨励している。
1. データ取引モデル
データ取引とは、データの供給側と需要側の間で行われ、特定形態のデータを対象とし、通貨又はその他の等価物を対価とする取引行為のことをいう。実際のデータ取引では、通常以下の3種類のモデルがある。
(1)直接取引モデル
業界では一般に相対取引とも呼ばれ、データの需給双方がデータ製品又はサービスの種類、購入期間等の内容を自ら協議して決定するもので、柔軟性が高いという特徴がある。
(2)一括取引モデル
データ供給者が自ら保有するデータ又は購入・ウェブクローリング技術等により収集したデータを分類・集計・アーカイブ化等の初期加工を行い、生データを標準化されたデータパッケージやデータベースに変換した上で、多数のデータ需要者にデータサービスを販売するか、又は提供する形態である。
(3)第三者取引モデル
取引所取引とも呼ばれ、データ需給双方が第三者データ取引サービスプラットフォームを介して取引を行う形態のことをいう。プラットフォームは統一的な取引規則・プロセス・基準を策定し、取引データを審査・評価・保管することで、データのコンプライアンスを遵守した流通と取引を促進する。
2. データ取引の現状
統計によると、2022年の中国データ取引市場全体の規模は約876億8000万元に達し、このうち取引所取引は、全体の5%に満たない約40億元の規模であった。業界間又は企業間の相対取引が現在のデータ取引市場の主流モデルとなっている。
フロスト&サリバン(北京)コンサルティング有限公司、頭豹信息科技南京有限公司、ビッグデータ流通・取引技術国家工程実験室及び上海データ取引所が共同で発表した『2024年中国データ取引市場研究分析報告』によると、2023年の中国データ取引市場規模は約1537億元に達し、2030年までに7159億元に達する見込みであり、中国データ取引市場は大きく飛躍することが期待されている。
3. データ取引の一般的なプロセス―直接取引モデルを例として
(1)ニーズマッチング
データ需要側は、必要なデータの種類・範囲・品質要求等を明確にして、様々なルートを通じて潜在的なデータ供給側を探す。供給側は自社のデータ製品・サービスを提示し、双方がデータの詳細について初步的な協議を行い、取引意向を確定する。
(2)データ評価
データの価値と適用性を確定するため、取引双方はデータ評価を実施する。評価内容には、データの正確性・合法性・完全性・時効性・カバレッジ等が含まれる。必要に応じて、取引双方は専門のデータ評価機関に委託し、合理的な価値評価範囲を提示させることで、取引価格設定の参考とすることもできる。
(3)契約締結
データの権利帰属・取引価格・データ引渡し方法・使用権限又は許諾範囲・違約責任等の重要事項を確定してから、双方がデータ取引契約を締結する。
(4)データ引渡しと検収
データ供給側は契約で定められた方法(安全なデータ伝送インターフェースや暗号化ストレージ媒体等)によって、データを需要側に引き渡す。需要側はデータを受け取った後、契約で定められた品質基準に基づき検収を行う。
4. データ取引のリスク提示とアドバイス
データソースやデータ内容の複雑性及びデータセキュリティ規制関連の法規・政策の絶え間ない整備により、データ取引時に取引双方が直面する可能性のあるリスクとコンプライアンス要件は、データ取引に重大な影響を及ぼす場合がある。
(1)データセキュリティとプライバシー漏洩リスク
データの収集、伝送、保存、共有の過程において、データが不正アクセス、改ざん、漏洩されるのを防ぐため、効果的なセキュリティ保護措置を講じる必要がある。氏名、連絡先電話番号、住所等の個人情報、ひいては健康状態、金融情報等のデリケートな情報がデータに含まれている場合、データ取引過程で厳格な認可管理や匿名化処理がなされていないと、個人のプライバシーの重大な侵害に該当する可能性があり、関連する法的責任が問われるおそれがある。
(2)データ品質のリスク
データ品質は取引が円滑に進むか否かの重要な要素である。データが不正確、不完全、時代遅れ、又は誤解を招く情報が含まれている場合、取引双方が誤った判断を下す可能性があり、取引の失敗や判断ミスを引き起こすおそれがある。
(3)データ権利侵害のリスク
『データ安全法』、『個人情報保護法』等などの中国データ保護法規が絶えず整備・更新されるに伴い、データ収集やデータ取引は数多くのコンプライアンス要件を満たす必要があり、違反した場合、法的責任を負わなければならないことがある。
そのため、データの需給双方がデータ取引契約を締結する際、筆者は、データの権利帰属、データセキュリティ、データ使用目的と範囲、データの真実性、正確性、完全性、合法性、非侵害性に関する表明と保証、関連する違約責任等の事項を契約に明確に規定することを提案する。また、外部の専門弁護士にデータ取引契約の起草又は審査を依頼することを推奨する。
さらに、前述の内容を考慮し、データソースの合法性とデータ権益の帰属を確保するため、データ供給側はデータ知的財産権登録を積極的に申請し、『データ知的財産権登録証』を取得することを検討すべきである。これにより、データ取引の交渉段階で双方がより迅速に信頼関係を構築でき、取引コストを大幅に削減し、データ取引の発展を促進することが可能になる。
III. まとめ
以上から分かるように、データ知的財産権の登録とデータ取引は密接に関連し、相互に補完し合っている。一方では、データ知的財産権の登録は、データ取引に対して予備的な権利基礎証明を提供できる。登録を経たデータについては、取引双方は取引過 程においてデータソースの合法性や権利帰属をめぐる争いを心配する必要がなく、取引の安全性と効率を大幅に向上させるものである。他方では、データ取引が活発化することで、データ知的財産権の登録の重要性がより一層際立つのである。