化学分野において、「予想外の効果」を有すると唱える特許の無効化は通常、困難である。本件は、参考になれる無効化戦略を示してい...
近日、明陽科技(蘇州)股份有限公司(以下、明陽科技という)の社長一行は弊所にご来訪いただいた。弊所弁理士が同社の無効宣告請...
化学分野の中国特許実務に関する紹介


北京林達劉知識産権代理事務所
特許代理部  化学部
中国弁理士 石 騰飛
中国弁理士 車 今智
中国弁理士 白 玉
 
I. 化学及びバイオ分野の不特許対象

1. 中国特許法第2

中国特許法第2条には「本法でいう発明創造とは、発明、実用新案及び意匠をいう。発明とは、製品、方法、又はその改良について提案された新しい技術的ソリューションをいう。」と規定されている。

【例1

【請求項1】129bpがCまたはTであることを特徴とする遺伝子Xの一塩基多型。

[解説]当業者の技術常識によれば、この請求項の結びの「一塩基多型」は、実在の物質や方法ではなく、ゲノムに存在する現象であるため、特許法第2条に定める発明の定義を満足していない。

[提案]

①通常、このようなクレームは、「~一塩基多型分子マーカー。」として作成すべきである。

②下記のようなスイス型クレームに書き直す。

【請求項1】ヒト個体から採集した核酸のSNP遺伝子マーカーrsxxxであって、・・・である遺伝子マーカーを検出するためのプライマー又はプローブの、X病発症確率判定用キットを製造するための使用。

2. 中国特許法第5

中国特許法第5条には「法律、社会道徳に違反し、又は公共の利益を害する発明創造に対しては、特許権を付与しない。」と規定されている。

中国の審査基準第2部第1章3.2には「発明創造が社会道徳に違反する場合、特許を受けることができない。例えば、ヒト胚の産業又は商業的目的の使用が挙げられる。」と規定されている。

中国の審査基準第2部第10章9.1.1.1には「ヒト胚性幹細胞及びその製造方法は、いずれも特許法第5条に規定する不特許対象に該当する。」と規定されている。

上述の規定によれば、ヒト胚、ヒト胚性幹細胞及びその製造方法は、いずれも特許法第5条に規定する不特許対象に該当する。

【例2

【請求項1】(1)極低温で保存されたヒト胚を解凍する工程と、(2)未分化の胚性幹細胞を維持できる培養液において、前記ヒト胚を培養することにより、未分化のヒト胚性幹細胞を確立する工程とを含む、未分化のヒト胚性幹細胞の確立方法。

[解説]この発明は、ヒト胚を用いてヒト胚性幹細胞を作製し、ヒト胚の産業又は商業的目的の使用に該当するとともに、ヒト胚性幹細胞の製造方法にも該当するため、特許を受けることができない。

【例外】

【請求項1】確立した未分化のH1及びH7細胞系、・・・を含む、神経膠細胞を生成するためのインビトロシステム。

[解説]H1及びH7細胞系は、出願日前から商的ルートにより入手できるものであり、ヒト胚を採用する必要はない。

ヒト胚性幹細胞の維持、増殖、濃化、分化誘導、修飾方法などに関する発明について、ヒト胚性幹細胞がすでに確立した周知の細胞系である場合、幹細胞の入手が公序良俗違反で特許法第5条に違反することを理由に拒絶されるべきではない。

胚性幹細胞(以下ES細胞という。)の特許可能性は下表のとおりである。
 
特許不可 特許可
ヒトES細胞自体及びその製造方法 ヒト及び動物の体細胞自体(非万能細胞)、その製造方法及び使用
動物ES細胞自体  
遺伝子変換ES細胞  

①動物ES細胞は「動物品種」に該当するため、特許を受けることができない。動物に関する発明は、動物ES細胞自体の権利化を求めなければ、審査が比較的緩く、その製造方法、使用方法、万能細胞以外の細胞(完全な動物まで分化できない細胞)の発明はいずれも特許を受けることができる可能性がある。

②ヒトの(i)ES細胞の製造方法、(ii) ES細胞自体、(iii) 遺伝子変換ES細胞は特許を受けることができないが、ES細胞以外の幹細胞は特許を受けることができる。

③「誘導多能性幹細胞」(iPS細胞)は、身体を構成するほぼすべての種類の細胞に分化でき、さらに様々な臓器や組織を形成することができる。近年の研究(2009年9月3日の「Nature」には、iPS細胞の多能性が発表されている)によれば、iPS細胞はES細胞と同様の全能性を有する。したがって、iPS細胞も特許を受けることができないと思われる。

●各対策の有効性について

(1)「ヒト以外のES細胞」への限定について

動物ES細胞も特許不可であるため、「ヒト以外のES細胞」への限定により権利化を図ることはできない。

(2)「ES細胞以外の幹細胞」への限定について

明細書には「ES細胞以外の幹細胞」に関する文言の記載及び十分な実施例がない場合、ES細胞を請求項の発明から除外する「ディスクレーム」補正は認められない。これは、中国の特許審査実務において、新規事項の追加に対する審査が厳しいからである。

(3)上述の補正が認められない場合の対応

上述の補正が認められない場合、当初の記載から補正後の請求項の発明が特定できることを意見書にて説明することが考えられる。
例えば、明細書には「ES細胞以外の幹細胞」に関する直接の記載はないが、「ES細胞以外の幹細胞」に関する一以上の実施例があるため、実施例における幹細胞に基づいて請求項を補正したというような説明が考えられる。

あるいは、明細書の一般的な記載や実施例に「体細胞由来の幹細胞」など、補正に利用できる他の記載がある場合、そのような記載に基づいて請求項を補正することも一策になる。

3. 中国特許法第25

中国特許法第25条には「次に掲げるものに対しては、特許権を付与しない。

(1)科学的発見。

(2)知的活動の法則及び方法。

(3)疾患の診断及び治療方法。

(4)動物及び植物の品種。」と規定されている。

1 科学的発見について

【例3

天然の核酸、タンパク質、微生物などは、人間の如何なる処理も受けずに自然界に存在しており、それらの知見は科学的発見に該当するため、特許を受けることができない。

[対策]

①天然の核酸やタンパク質を人工的に修飾したものが、特定の産業用途を有する場合のみ、核酸やタンパク質自体が特許の保護対象になる。

②微生物を分離した単純な培養物が、特定の産業用途を有する場合のみ、微生物自体が特許の保護対象になる。

(2) 知的活動の法則及び方法について

【例4

【請求項1】診断に用いるマーカーのフレームを選択する方法であって、

診断パラメータを定義すること、

診断パラメータ同士の関係を確立することにより、好適なマーカーフレームを特定すること、

前記フレームを選択することを含む方法。

[解説]この請求項は、診断に用いるマーカーのフレームを選択する方法に関するものであり、実質的には人間の思考及び判断を規定する統計方法であるため、知的活動の法則及び方法に該当する。よって、特許を受けることができない。

(3) 疾患の診断及び治療方法について(20156月第82号の「lindaからのIPニュース」参照のこと)

(4) 動物及び植物の品種について

遺伝子変換植物や遺伝子変換動物は、動物及び植物の品種に該当する。動物及び植物の品種は、特許法以外の法律により保護される。例えば、植物の新品種は、「植物新品種保護条例」を利用して保護することができる。

中国特許法第25条第2項によれば、動物及び植物の品種の生産方法は、特許を受けることができる。ただし、ここでいう「生産方法」とは、主として生物学的方法により動物や植物を生産する方法を含まず、非生物学的方法のことをいう。

「主として生物学的方法」に該当するか否かは、この方法における人為的な技術の関与度次第である。人為的な技術の関与が、この方法の目的や効果の達成において主要な制御作用または決定的な役割を果たしている場合、この方法は「主として生物学的方法」に該当しないと判断される。

【例5

放射線照射飼養法により高産乳牛を生産する方法、飼養方法を改良して赤身肉型豚を生産する方法などは、特許の保護対象になる。

 
II. クレームにおける医薬投与量の規定の位置づけについて

中国の審査実務において、医薬の投与量は、医薬自体及び医薬の用途を限定するものではないとされている。そのため、クレームの新規性、進歩性の判断において、投与量の規定は考慮されない。

一方、欧州特許庁は投与量について、発明を特定するための事項としての意義を認めている。

欧州の運用を参考にして、例えば例6のようなケースでは下記のように投与量の意義を主張してチャレンジすることが考えられる。

【例6

【請求項1】1椎間板あたりxユニットの酵素Aを含む一回投与製剤。

[主張]

(1) この製剤は、1回の投与のみ行う一回投与製剤であるため、1回投与の場合、酵素Aの投与量は、この製剤における酵素Aの含有量と同等である。

製剤における有効成分の含有量は、薬剤自体及び薬剤の用途を限定するものである。

(2) 製剤における有効成分の含有量を「投与量」として認定しても、医薬品の作製は有効成分や原料の作製ではないので、医薬品出荷前のすべての工程を含むと考えるべきであり、剤形や投与量などいわゆる「投与要件」も当然含む。したがって、この「投与要件」もクレームの技術的範囲を限定するものである。

医薬用途発明の本質は薬物の使用方法の発明である。薬物の使い方に関する規定、すなわち、剤形や投与量などの「投与要件」は、化合物の使用方法の構成要件に該当するため、発明を特定するための事項として認定すべきである。

実際には、剤形や投与量などいわゆる「投与要件」の工夫により顕著な効果が奏せられるような発明を保護する要望がある。また、医薬品の作製は有効成分や原料の作製ではないので、医薬品出荷前のすべての工程を含むと考えるべきであり、剤形や投与量などいわゆる「投与要件」も当然含まれる。剤形や投与量などの工夫により顕著な効果が得られる場合、これら「投与要件」を考慮しないことは、医薬産業の発展及び国民の健康のニーズにマイナスになり、特許法の趣旨にも反する。

医薬用途発明のクレームは通常、医薬品の物質要件、医薬品の作製要件及び疾病適応症要件を含む。医者の治療行為は医薬品の作製要件に関係せず、薬物の使い方に関する要件に関連しているだけなので、特許権侵害にならない。したがって、剤形、投与量などを医薬用途発明を特定するための事項として考慮することは、医者の治療行為の自由を制限することはない。

具体的には、医薬分野のすべての発明は本質的には、物質や組成物を治療に用いる新規な方法であり、いずれも、少なくとも一部の患者にプラスになる物質や組成物の用途の発見に基づくものである。医者にとって最も大きな課題の一つは、どのようにして患者を安全かつ有効に治療できるかということである。医薬品が発売された後、すべての医者は、メーカーが表示した安全な範囲において、自ら判断した適切な投与量や有効な投与方法により患者に適切な処方を出すことを希望している。適切な投与プランは患者の治療効果を改善したり、治療中の副作用を低減させたり、患者の適応性を向上させたり、患者の負担を軽減させたりすることができる。したがって、従来の治療方法における投与プランの改良が特徴である発明は本質的には、新規な治療方法と同様であり、技術の進歩を代表している。このような投与改良発明は、医療行為の自由を制限することはない。

以上より、「投与要件」は、医薬用途発明を特定するための事項として意義があるため、製薬の成果物である「薬剤」や「製剤」に対しても意義を有する。したがって、「投与要件」はクレームの新規性・進歩性の判断において考慮すべき要素である。

III. 化合物の結晶発明について

化学分野において、活性な化合物の特許保護期間の延長、開発費用の節約などのために、医薬化合物の結晶発明が生まれた。医薬品の結晶発明は化学分野における特別な物発明であり、化学構造とミクロ的物理構造の組み合わせにより特徴づけられる化学物質である。そのため、医薬品の結晶発明は化学製品の共通性を示すとともに、微構造の特殊性も示している。中国の審査基準では化合物の結晶発明について明確に規定されていない。

中国において、当初、化合物の結晶発明の特許出願の登録は割と容易であった。それは、医薬品の結晶の製造が予測できないため、特許を請求する結晶の新規性が認められれば、進歩性が認められていたからである。しかし、このような判断基準のもとで権利化されたものは、権利安定性が欠けている。例えば、医薬品の結晶発明の進歩性に関わる無効審判案件のうち、特許権の有効性が維持された案件の割合よりも、特許権が無効とされた案件の割合が高くなっている。このことは、医薬品の結晶発明の権利安定性が悪いことをある程度反映している。そして、進歩性に関して、特許審判委員会と各級裁判所の結論は一致する場合が多いため、中国特許庁の医薬品の結晶発明の進歩性に対する審査も厳しくなる一方である。

現在、実体審査においては、医薬品の結晶発明が特殊な微構造を有する化合物に関するものであっても、結晶のミクロ的特性の予測不可能性という理由だけでは、進歩性を有するのに十分ではなく、効果や解決しようとする課題、当業者の技術レベルなどを総合的に考慮して進歩性の有無を判断している。中国特許庁は、「価値のある既知化合物を巡って研究を行って、その異なる結晶形態を探る動機づけは広く存在している。また、化合物の構造が既知である場合、当業者は通常、再結晶などの慣用手段により当該化合物の結晶形を得ることができる。よって、特許保護を求める発明が先行技術にもたらす貢献は、単に一つの結晶形を提供することだけで、しかもその結晶形が予想外の効果を奏していない場合、当該結晶形は自明なものであると判断される。」という見解である。

現在では、中国で、化合物の結晶発明の権利化及び権利の安定性を図りたい場合、化合物の新規な結晶形を確認するためのデータだけではなく、「新規な結晶形の予想外の効果」という進歩性評価の要求を満足するために、実験成績として、例えば安定性、水における溶解度、加工性、バイオアベイラビリティ、溶出性などを出願書類に記載しなければならない。このような判断基準はEPO、USPTOの判断基準と基本的には一致している。しかしながら、中国特許庁は審査において、出願日以降に提出された実験データをなかなか認めないため、実際の運用では、結晶発明の進歩性を厳しい基準で判断している。

EPOは、一つの結晶形を発見すること自体は課題ではなく、当該結晶形が実際の課題を解決した場合は除くという見解である。しかし、EPOは効果に対する要求が低い。出願人が有効な比較実験(例えば安定性)を提示すれば、効果は認められる。一方、USPTOの見解は以下のとおりである。結晶多形の現象は医薬化合物の分野において技術常識である。異なる結晶同士の違いは分子の堆積方法又は立体配座のみにあり、このような物性(physical property)の違いは自明なものである。既知化合物の新規な結晶形の場合、当該結晶形が先行技術の結晶と比較して優位性(advantage、有利な効果又は予想外の効果)がなければ、特許を受けることができない。このように、USPTOは効果に対する要求がより厳しい。例えば、結晶がアモルファス化合物と比較して、安定性のみが向上した場合、これは予想外の効果ではないと判断される。

以下に中国における化合物の結晶形に関する不服審判例と無効審判例をそれぞれ一つずつ挙げる。

【事例7

不服審判請求の審決番号:FS34333

本願の請求項1~15は化合物のベンゼンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩のⅠ形の結晶多形物に関するものである。

引用文献1の実施例39には式(Ⅰ)の化合物が開示され、そして、引用文献1の別の部分には式(Ⅰ)の化合物と、ベンゼンスルホン酸を含めて複数種の酸と塩になり得、かつ結晶形又はアモルファスの形態で存在し得ることが開示されている。

合議体は、「引用文献1には一般式の構造Ⅰを有するPPARγ調整剤は塩になり得、かつ結晶多形を形成できることが示唆されている。実施例39に開示された化合物は一般式の構造Ⅰの範囲を満足する一つの具体的な化合物であるため、当業者は引用文献1の別の部分の教示に基づいて、実施例39の化合物と酸とを反応させて塩とする動機づけがあり、かつ慣用手段により結晶多形の構造を有する化合物を得ることができる。

請求項1の発明は一部の既知の可能性から選択されたものだけであり、予想外の効果を奏していないため、請求項1は引用文献1に対して自明なものであり、特許法第22条第3項に規定する進歩性を有しない。請求項2~15は式(Ⅰ)の化合物であるベンゼンスルホン酸塩の結晶多形について特許を請求するものである。しかし、引用文献1には式(Ⅰ)の化合物の結晶多形を製造できるという示唆がある。しかも、当業者は、蒸発又は飽和溶液の冷却などの結晶法といった簡単な実験により結晶多形から一つの結晶形を選択し得る。よって、請求項2~15の発明は進歩性を有しない。」という結論となっている。

上記事例から明らかなように、発明は一部の既知の可能な結晶形から選択されたものである場合、進歩性が成り立つには、選択された結晶形が予想外の効果を奏することが必要がある。

【事例8

無効審判請求の審決番号:第12206号

発明の名称:結晶性一水和物、その製造方法及び医薬組成物を製造するための使用

本特許は式(Ⅰ)で表される化合物の結晶性チオトロピウムブロミド一水和物、その製造方法、当該結晶性一水和物を含有する医薬製剤の及び製薬ための使用に関するものである。本特許は請求項を8項含み、無効審判請求において特許請求の範囲が補正された後、6項になった。請求項1~6が証拠1又は証拠5a及び証拠1の組み合わせに対して進歩性を有しないという理由で、全請求項が無効とされた。

無効審決にて、合議体は、「本特許請求項1の結晶性チオトロピウムブロミド一水和物、証拠5aのチオトロピウムブロミドのx水和物と証拠1の結晶性チオトロピウムブロミドの主構造はいずれもチオトロピウムブロミドであり、3者は構造が類似している化学製品である。そのため、請求項1の化学製品は進歩性要件を満足するためには、予想外の用途又は効果を有しなければならない。」との見解を示した。

具体的には、請求項1に係る化学製品の用途及び達成した効果について、本特許の明細書には、①結晶性チオトロピウムブロミド一水和物は喘息またはCOPDを治療するための医薬組成物を製造するのに使用される、②請求項1の結晶性チオトロピウムブロミド一水和物は、種々の環境条件下における出発物質の効果の安定性、医薬組成物を製造している間の安定性及び最終的な医薬組成物中での安定性など、医薬活性物質に対する様々な要求を満足できる、と記載されている。

上記の用途及び効果①について、本特許の背景技術(つまり、証拠1)のファミリー特許EP418716A1に開示された内容に基づいて、請求項1の結晶性一水和物は喘息またはCOPDを治療するための活性を有することが確認された。しかし、特許権者は、証拠5a又は証拠1の先行技術の化学製品よりも請求項1の結晶性一水和物のほうが喘息またはCOPDを治療するための活性において予想外の効果を奏していることを主張しておらず、関連証拠も提示していない。

上記②の医薬活性な物質が様々な要求を満足できるという効果について、明細書には大まかに記載されているだけで、この効果の存在を証明できる証拠についての記載は一切ない。したがって、上記様々な要求を満足できる効果において、医薬活性物質が証拠5a又は証拠1の先行技術の化学製品に対して、予想外の効果を奏していると認定できない。

特許権者は、「本特許の結晶性一水和物は単結晶を形成できる。単結晶は高い純度を有し、医薬的に有効であり、長期に保存できるし、高い化学的安定性などの効果を有する。」とさらに主張した。この主張について合議体は、「本特許の請求項1に係る発明は単結晶ではない。しかも、一水和物を用いて単結晶を製造できるかどうかとの証拠もなければ、高純度を有しかつ品質がよいとの証拠も一切ない。そして、請求項1の一水和物よりも証拠1の無水結晶のほうがより安定している。」などの見解を示した。

上記の審決の内容から明らかなように、予想外の用途又は効果に関する証拠は考慮されるか、又は認められるか否かは、主張した効果が当初の出願書類に明確に記載されているか否かにより決定される。

IV. パラメータで規定される物クレームに関する中国審査実務

1.パラメータで規定される物クレームの明確さについて
 
中国の審査実務では、審査官はまずパラメータが明確性要件を満たしているか否かを判断する。

審査官は(i)パラメータ自体の名称及び/又は技術的な意味が明確であるかどうかをまず判断し、(ii)測定方法又は測定条件が異なると得られるパラメータの値が異なり、かつ請求項にはパラメータの測定方法又は測定条件が記載されていない場合、当該パラメータが不明確であると判断する。

弊所の実務経験及び審査官との交流からすれば、以下のようなパラメータは、不明確であると指摘されやすい。

具体的には、メルトフローレート、粘度、比表面積、硬度、曲げ弾性率、曲げ強度が挙げられる。

主な原因としては、これらのパラメータはそれ自体の意味は明確であるが、様々な測定方法又は測定条件があり、異なる測定方法又は測定条件を採用する場合、得られるパラメータの値が異なるため、請求項に具体的な測定方法又は測定条件が記載されていなければ、請求項の不明確さを引き起こしやすいからである。

2. パラメータで規定される物クレームが新規性を有するかどうかについて

中国の審査基準第2部第3章3.2.5には、「パラメータの規定を含む物クレームについて、当該パラメータの規定が、保護を求める物に引用文献と差別化できる構造及び/又は組成があることを暗示しているか否かを考慮しなければならない。引用文献と差別化できる構造及び/又は組成がある場合、当該請求項は新規性を有する。逆に、当該パラメータの規定により保護を求める物と引用文献の物を区別できない場合、当該クレームは新規性を有しないと推定できる。ただし、出願人が出願書類又は公知技術に基づいて、両者の構造及び/又は組成が異なることを証明できる場合はその限りでない。」と規定されている。

中国の特許審査実務では、審査官は通常、このような基準で新規性を判断する。請求項が新規性を有しないと推定する拒絶理由もよく見られる。

3. パラメータで規定される物クレームの進歩性について

一般的に言えば、このような請求項の進歩性の判断について、依然として「3ステップ法」という判断方法を使用している。即ち、最も近い先行技術を選択するステップと、クレーム発明を最も近い先行技術と比較して、相違点及び発明の実質上解決する課題を認定するステップと、発明が自明であるかどうかを判断するステップという3ステップである。

しかし、実際に判断する際、パラメータの進歩性に関する審査は一般的な発明の進歩性に関する審査より複雑になる。その原因はパラメータ自体の複雑さにある。形式的には同じパラメータであっても、パラメータによって反映される内容は異なる。物の構造及び/又は組成を反映するパラメータもあるし、物の性能及び/又は効果を反映するパラメータもあるし、またその間にあり、反映しているのは物の構造及び/又は組成なのかそれとも性能及び/又は効果なのか確認できないパラメータもある。

物クレームのパラメータが最も近い先行技術との相違点となる場合、審査官は、まず当該パラメータに関する明細書の記載及び/又は当業者の技術常識に基づいて、当該パラメータの技術的な意味を明確にし、当該パラメータが主にクレームに係る物の構造及び/又は組成を反映する「構造パラメータ」なのか、それとも物の性能及び/又は効果を反映する「効果パラメータ」なのかを判断する。その後、「構造パラメータ」と「効果パラメータ」とを区別して異なる審査手段を用いる可能性がある。

「構造パラメータ」の場合、審査官は当該「構造パラメータ」と発明による効果との影響関係又は対応関係があるかどうかを分析する。影響関係又は対応関係がある場合にのみ、当該効果に基づいて発明の実質上解決する課題を認定することができる。
性能及び/又は効果を反映する「効果パラメータ」の場合、審査官は当該性能及び/又は効果に基づいて発明の実質上解決する課題を認定するのではなく、先に当該「効果パラメータ」で規定される請求項が明細書により裏付けられているかどうかを判断し(下記(4)を参照)、裏付けられていると判断した場合、当該「効果パラメータ」に基づいて発明の実質上解決する課題を認定し、さらに自明であるかどうかを判断する。

一方、パラメータ自体の複雑性のため審査官が発明の実質上解決する課題を認定できない場合、審査官は相違点となるパラメータの規定を当業者の慣用手段と認定し、進歩性を疑う可能性もある。この場合、出願人はパラメータの果たす役割及び実現する効果から進歩性を主張することになる。

4. パラメータで規定される物クレームのサポートについて

この類の請求項が明細書により裏付けられているかどうかを判断する際、審査官は通常、中国の「審査基準」第2部第2章3.2.1の「機能的表現」を含む請求項のサポート問題に関する一般的な規定を参照する。

即ち、一般的な原則としては、請求項に含まれる物の性能及び/又は効果を反映するパラメータの規定について、当該性能及び/又は効果を達成するすべての実施形態を包含していると解釈すべきである。当該性能及び/又は効果は、明細書実施例に記載された特別な形態で達成されるものであり、当業者は当該性能及び/又は効果が明細書に記載されていない他の代替手段で達成することもできるということを明確にすることができない場合、又は、当該性能及び/又は効果を反映するパラメータの規定に含まれる1種又は複数種の形態が、本願の解決しようとする課題を解決し、同じ効果を達成することができないと疑う理由がある場合には、審査官は、請求項が明細書により裏付けられていないと疑う可能性がある。

以下、事例で説明する。

請求項:フィルム表面の粗さRaが2~10nmであり、面配向係数NSと平均屈折率naが下記式(1)を満たすことを特徴とするポリエチレン2,6ナフタレートフィルム。

式(1):NS≧1.61Na-2.43

明細書には、表面粗さが2~10nmである場合、優れた走行能力と電磁変換性能を有し、面配向係数NSと平均屈折率naが上記式(1)を満たす場合、高い縦方向及び横方向の強度/ヤング率、優れた走行能力と電磁変換性能を有することが記載されている。

実施例には、請求項に記載のすべての条件を満たすポリエチレン2,6ナフタレートフィルムの表面粗さ及び電磁変換性能が記載され、また比較例には、上述の表面粗さと式(1)を満たさないポリエチレン2,6ナフタレートフィルムの表面粗さ及び電磁変換性能も記載されている。

【事例解説】

本願の解決しようとする課題は、如何にしてフィルムが高い縦方向及び横方向の強度/ヤング率を有するようにするとともに、フィルムの電磁変換性能及び走行能力を改善するかということである。採用する手段は、フィルムの表面粗さを特定の範囲にすること及びフィルムが式(1)という数式を満たすことである。

優れた走行能力及び電磁変換性能と表面粗さには関連性があることは、当業者にとって周知のことである。式(1)は当業者にとって周知のパラメータではなく、当該式の反映する技術情報は複雑である。しかし、明細書には、表面粗さ及び式(1)の両方を満たす場合には、フィルムの電磁変換性能及び走行能力を改善するという課題のみを解決できることを証明する実施例、及び表面粗さ及び式(1)の両方を満たさない場合には、課題を解決できないことを証明する比較例のみが記載され、式(1)をみたす場合、フィルムを高い縦方向及び横方向の強度/ヤング率を有するようにする課題を解決でき、かかる効果を達成できるということを証明する実施例は記載されていない。

明細書の記載から、当業者は式(1)と解決しようとする課題(フィルムを高い縦方向及び横方向の強度/ヤング率を有するようにする)及び効果には関連性があるかどうかを確認できず、つまり、課題解決及び効果の達成への式(1)の影響を知ることができない。したがって、当該請求項は明細書により裏付けられていない。

V. 進歩性を証明するための追試の有効性について

化学、バイオ、医薬などの分野の特許審査実務では、追試により進歩性を証明することがしばしばある。追試について、数年前の中国特許庁は、引例に比べて顕著な効果を有するか、進歩性を有するかを当初の明細書に記載の実験データのみに基づいて判断し、追試の実験データを原則考慮しないという非常に厳しい運用をしていたが、最近、以前より緩和した運用をしている。しかし、緩和したといっても、追試の実験データを進歩性の判断において参考にするという程度だけである。

そこで、どのような場合に進歩性を証明するための追試が認められるのか、あるいは、どのような場合に追試が認められないのかということが関心を集めている。以下の事例から運用の基準を把握できるように思われる。

【事例】武田薬品工業株式会社と中国特許審判委員会、四川海思科製薬有限公司、重慶医薬工業研究院有限責任公司との特許権行政紛争事件【行政裁定書 中国最高人民法院(2012)知行字第41号】

争点及び判断

反証7(実験データ)を採用しないとした第12712号無効審判請求審決の認定が正しいかという争点について

【事件の経緯】

武田薬品工業の特許に対して、海思科製薬と重慶医薬工業がそれぞれ無効審判請求を提起し、主な無効理由は請求項の一部が進歩性を有しないという理由であった。本件特許の進歩性を証明するために、武田薬品工業は反証7(追試)を提出した。中国特許審判委員会は審決にて「反証7の信憑性を認めない。反証7の信憑性を確認できないため、反証7は本件特許が顕著な効果を有することを証明できない。」と認定した。

特許権者である武田薬品工業は上記審決を不服として北京市第一中等裁判所に審決取消訴訟を提起したが、北京市第一中等裁判所は上記審決を維持した。その後、特許権者は北京市高等裁判所に上訴した。北京市高等裁判所は、反証7を採用しないとした中国特許審判委員会の認定は正しいと判断した。特許権者はさらに最高裁判所に再審請求をした。

最高裁判所は、以下の見解を示した。

「特許の明細書は、発明を十分に開示するという要件を満たさなければならない。明細書に記載されていない発明、効果などは、特許が所定の登録基準を満足するか否かを判断するための根拠にならない。出願後に追加で提出された実験データは、当初の出願書類に記載されている事項ではなく、公衆はこのような情報を入手できない。このような実験データは本願の先行技術の内容ではなく、出願前に当業者に知られるものでなければ、このような実験データに基づいて発明がそのような効果を達成できると認定することは、特許の先願主義に反することとなり、公開の代償として権利を付与するという特許制度の本質に背くこととなる。このような実験データに基づいて出願に特許権を付与することは、公衆にとって不公平になる。

特許出願人又は特許権者が比較実験データを提出することにより、先行技術に比べて進歩性を有することを証明しようとする場合、当初の出願書類に明確に記載されている効果に関するものであることが、そのデータを受け入れる前提となる。

特許権者である武田薬品工業株式会社が提出した実験データにより証明しようとする効果は、当初の出願書類に記載もなく、確認もされていない効果であるため、このような実験データは進歩性判断の根拠として採用することができない。」

【小括】

中国特許審判委員会から中国最高裁判所までの上述の判断から、当初の出願書類に明確に記載されている効果に関するものであることは、追試が認められる前提となっていることが分かる。追試に係る効果が、当初の出願書類に記載もなく、確認もされていない効果であれば、このような実験データは進歩性判断の根拠にならない。

そこで、以下の推定ができる。

[例]

クレーム:成分A、B、Cを含む組成物。

先行文献:成分A、Bを含む組成物。

拒絶理由:本願と先行文献との相違点は、成分Cのみにある。当業者は慣用手段から成分A、Bと成分Cとを組み合わせることを容易に想到できる。

このようなケースにおいて、当初の出願書類に成分A、B、Cの組み合わせによる効果が記載されている場合、先行文献に比べる進歩性を証明するために、本願と同様の条件下で成分A、Bからなる組成物に関する追試を行って実験データを提出することが考えられる。

この追試の実験データは、本願の成分A、B、Cからなる組成物が、先行文献の成分A、Bからなる組成物より優れている効果を示すことができれば、これにより進歩性を証明することができる。

ただし、前提条件は、本願の当初の出願書類に成分A、B、Cの組み合わせによる効果が記載されていることである。つまり、追試は本願の当初記載の効果について先行文献を同様の条件で実験したものであれば、進歩性を証明するための根拠として認められる可能性がある。

現在の中国特許審査実務において、このような追試なら、審査官は通常参考にするはずである。
 
(2015)


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