化学分野において、「予想外の効果」を有すると唱える特許の無効化は通常、困難である。本件は、参考になれる無効化戦略を示してい...
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薬物結晶形発明の進歩性判断基準の考察及び出願へのアドバイス


北京林達劉知識産権代理事務所
中国弁理士  金 柳欣 白 玉
 
化合物の結晶多形とは、化学構造は同じであっても、結晶中の分子の配列が異なるものをいう。有機低分子化合物は、結晶形によって、融点、溶解度、物理化学的安定性、生物学的利用能などが異なることが知られており、このような違いは医薬品の安全性や有効性に影響を与える可能性がある。そのため、結晶形の研究はますます重要視されている。特許の観点では、医薬品の結晶形特許も重要な価値がある。先発薬メーカーにとっては、医薬品の結晶形特許を取ることにより、医薬品の特許保護を延長・強化することができる。また、後発薬メーカーにとっては、さまざまな医薬品の結晶形を開発して特許出願することによって、既存の特許障壁をある程度回避し、市場での地位を獲得する可能性がある。本稿において、中国における医薬品の結晶形発明(主に既知の化合物の新規な結晶形に関する発明)の進歩性判断について実例を挙げて検討し、医薬品の結晶形発明をどのように出願すべきかについてアドバイスを行う。

Ⅰ 医薬品の結晶形発明の進歩性判断について

中国特許審査指南(2010)(以下、「審査指南」という。)には、医薬品の結晶形発明の進歩性判断に関する特別な規定はない。化合物の結晶形間では、分子の配列によって物性が異なる可能性はあるものの、依然として化合物に該当するため、化合物の進歩性に関する審査指南の規定は、結晶形発明の進歩性判断にも適用できる。

医薬品の結晶形に関する出願は当初、化合物の当該結晶形が従来のものとは異なり、かつ一定の効果を有することさえ証明できれば、中国で容易に特許を受けることができていた[1]

しかし、医薬品の結晶形発明に関する特許出願及び登録特許の件数が増加するに伴い、無効審判も毎年増加し、進歩性問題で無効になった結晶形特許も見られる。審決及び裁判の判決からすると、中国特許庁及び裁判所は、当業者が安定性、取扱容易性などの一般的な動機から、より優れた特性を有する結晶形を取得することができるため、結晶形は新規なものであっても、非自明性を有するとは限らないと考えているようである。その代表例として、【例1】「臭化チオトロピウム一水和物結晶」を名称とした発明の無効審判審決取消請求事件[(2011)知行字第86号]がある。同事件において、中国最高裁判所(以下、「最高裁」という。)は、中国特許庁審判部(以下、「審判部」という。)の判断を認め、再審判決において「微視的な結晶構造の変化のすべてが実質的特徴及び顕著な進歩につながるというわけではないため、微視的な結晶構造が類似しないことのみを理由に、構造が類似しないと判断することができない。結晶の進歩性判断において、微視的な結晶構造自体は、予想外の効果の有無と合わせて考慮する必要がある」と判示した。

また、中国特許庁(CNIPA)の審査における結晶形発明の進歩性判断も厳しくなる傾向にある。製剤開発過程の標準化及び国際化に伴い、結晶形の選別技術も成熟しており、当業者には、公知の方法により結晶形を選別する動機づけがあることから、新規な結晶形自体が自明であるとした拒絶理由が見られる。既知の化合物の新規な結晶形と、既知の化合物/既知の化合物の既知の結晶形とは通常、近い構造を有するものであるため、結晶形発明が予想外の効果を有するかということは、進歩性判断に当たって重要な考慮要素となる。製剤開発の一般的な項目である結晶形開発から生じる発明は、「予想外の効果」という基準を満たすことが容易ではない。そのため、効果データが足りないことから拒絶された結晶形出願が増加し、特許査定率は当初よりだいぶ低くなった。

近年、中国で進歩性欠如により無効・拒絶査定維持になった結晶の特許・特許出願がいくつかあり、例えば、進歩性欠如で無効になった抗腫瘍薬「メシル酸イマチニブ」の結晶形特許、進歩性欠如で不服審判において拒絶査定維持審決を受けた「ソホスブビル」結晶形出願(本件は最高裁まで争ったにもかかわらず、進歩性を有しないと判断されたもの)が挙げられる。そこで、医薬品の結晶形発明について、効果データをどの程度まで示すべきかということが広く議論されている。

国内外の要請等に鑑み、CNIPAは2020年12月14日に審査指南第二部第十章(化学分野の発明特許出願の審査に関する若干の規定)を改訂する旨の決定(第391号公告、2021年1月15日より施行)を発表した。化合物の進歩性判断について、改訂後の審査指南では、既知の化合物との構造上の類似性及び効果から進歩性を判断することについての記載が削除され、化合物の進歩性判断における「3ステップ法」の思想の適用が明確化されるとともに、構造の改変と用途・効果との関係に関する考察、進歩性判断における「予想外の効果」の位置づけが強調された。ここ2年の拒絶理由及び無効審判請求の審決からすれば、結晶形発明の進歩性判断は、新規な結晶形自体が自明であるか否かという点と、結晶形の効果が予想外のものであるか否かという点との両方を考慮する[2]。例えば、【例2】ノバルティス社の心不全治療薬Entresto(サクビトリル・バルサルタン三ナトリウム塩半五水和物、LCZ696)に係る結晶形特許の無効審判(第50673号無効審判請求の審決)において、合議体は、「異なる有機化合物の共結晶や複合体の形成、2つの薬物の併用などに関する一般的な教示はあるものの、特定の化合物にこのような一般理論を実際に適用して成功することは、一般的な選択により容易になし得るものではなく、その化合物の構造及び物理化学的特性を詳しく検討し、多数の実験的検証を行う必要がある。また、2つの薬物の共結晶や複合体の形成は、併用による有効性への影響、相互作用及び投与方法なども考慮しなければならない。証拠2には、バルサルタンとサクビトリルとを組み合わせた医薬組成物は開示されているが、併用可能な2つの薬物であれば、複合体を形成できるというわけではない。先行技術に十分な技術情報が示されていない中で、当業者はバルサルタンとサクビトリルを三ナトリウム塩の水和物として複合体とすることに容易に想到できない。」と判断した。

以上より、中国において、結晶形発明に関する審査の運用が安定する傾向が見られ、医薬業界の発展の観点から好適であると思われる。このような背景を踏まえ、結晶形発明の特許査定率及び権利の安定性をどのように高めるかについて、以下にアドバイスを行う。

Ⅱ 結晶形発明の特許出願に関するアドバイス

商品化に適する新規な結晶形が慣用手段により取得できる場合、基本化合物の特許出願において、製造方法を詳しく記載しないほうがよいと思われる。新規な結晶形の効果が顕著なものでない場合、基本化合物の出願の公開より前に結晶形の出願を行うべきである。顕著な効果を有する場合、基本特許の保護延長の観点から、結晶形発明について基本化合物の出願の公開後に状況を見て出願することが考えられる。ただし、新規な結晶形が、予測できない顕著な効果を有することを示す十分なデータを明細書に記載する必要がある。共結晶などの特殊な結晶形については、結晶形自体の非自明性を強調するために、出願書類において、新規な結晶形が特別な結晶化方法や手段によって得られることを強調することが考えられる。また、結晶形変換の研究にも注意が必要であり、保存状態で得られる可能性のある結晶形については、特許による保護の試み、または、他社の権利化を防ぐための開示を行うべきである。すべての特許出願は、開発中の薬物の情報開示の度合い、承認申請の進捗に適合するように留意すべきである[3]。実務上の注意事項としては、以下の3点が挙げられる。
結晶形に関する出願のほとんどは、既知の化合物の新規な結晶形に関するものであるため、進歩性の判断において、発明の効果が予測できないものであるかということがポイントになる。そのため、明細書においては、新規な結晶形と既知の化合物のアモルファスや既知の結晶形との相違を強調し、詳細なデータを記載すべきである。また、出願前に様々な観点から効果をできるだけ発掘することが必要である。例えば、物理的安定性、溶解性、溶出速度、吸湿性、化学的安定性、純度、生物学的利用能などについて検討することが考えられる。様々な効果を記載しておけば、将来の審査などにおいて、各観点での効果がいずれも向上したことや、何らかの観点で予想外の効果を有することを主張できる可能性があり、追試実験データの提示に関してもより多くの余地がある。また、好ましい結晶形による予想外の顕著な効果を目立つようにする観点から、結晶形の開発時に得られた効果があまり顕著でない別の塩や同じ塩の別の結晶形も明細書に記載すべきである。

「予想外の効果」について、審査指南によれば、「発明が予想外の効果を有する」とは、先行技術と比較して、発明の効果に、新たな性能をもたらす「質的な変化」、又は、予想を超える「量的な変化」が発生したことをいう。このような質的又は量的変化は、当業者が事前に予測・推論できないものである。医薬品の結晶形発明の場合、化合物結晶の特定の微視的構造がもたらす、遊離塩基と比較して改善された物理・化学的安定性、溶解性、保存耐性などの効果は、審査において、予測できる効果として判断される可能性がある。例えば、融点200℃以上の医薬化合物の場合、8~10℃程度の融点差は通常、製品安定性の「量的」又は「質的」向上とは認められない(後述する例5を参照)。「予想外の効果」が認められた例としては、下記例3及び例4が挙げられる。

【例3】結晶性シタグリプチンリン酸二水素塩一水和物(第48334号無効審判請求の審決)

本件特許の出願書類には、結晶性シタグリプチンリン酸二水素塩一水和物の熱安定性、結晶安定性及び水溶性についての記載がある。合議体は、結晶性シタグリプチンリン酸二水素塩一水和物が先行技術に対して予想外の効果を有するかを判断するにあたり、まず、水分子が存在することで、特性(安定性など)に大きな違いがあるとして、シタグリプチンリン酸二水素塩一水和物の効果が予測できるかについては、証拠4、証拠18の結晶性塩酸塩一水和物の効果のみに基づいて判断するとした。そして、熱安定性及び結晶安定性について、合議体は、「本件特許と証拠4、18とのTGA、DSC曲線を比較した結果、本件特許のリン酸二水素塩一水和物の脱水温度は、証拠4の塩酸塩一水和物の脱水温度のほぼ2倍となる100℃以上であり、証拠18の塩酸塩一水和物のTGA、DSC曲線と比較しても、脱水温度の顕著な上昇が見られる。この効果は、請求人の無効資料から当業者が予測できるものではない。」と判断した。本件特許と証拠4、証拠18との効果データを下記の表に示す。
 
  物質 TGA(℃)
DSC(℃)
水溶性
(mg/mL)
本件特許 リン酸二水素塩一水和物 100 140 72
証拠4 塩酸塩一水和物 環境 60  
証拠18 塩酸塩一水和物 60 80~90 74.3

以上より、合議体は、シタグリプチンリン酸二水素塩一水和物の熱安定性及び結晶安定性の向上は当業者が予測できない効果であり、無効資料にも塩酸塩水和物の塩素陰イオンをリン酸二水素陰イオンに置き換えると、塩型結晶の熱安定性及び結晶安定性が高くなるという示唆はない、と判断した。一方、水溶性については、本件特許の効果は予測できない程度のものではないと判断された。

【例4】結晶性ボルチオキセチン臭化水素酸塩(第54705号、第48337号無効審判請求の審決)

先行技術には、ボルチオキセチンの遊離塩基/ボルチオキセチンの薬学的に許容される酸付加塩は開示されているが、その物性は開示されていない。合議体は、「既知の化合物の新しい塩型結晶について、当業者は通常、この化合物と一般的な酸で形成される塩及びその結晶を検討するが、当該化合物の塩型結晶は進歩性を有しないというわけではない。その塩型結晶が、何らかの課題を解決して予想外の効果を奏したかどうかということがポイントになる。予想外の効果を判断するにあたり、各塩間の相違だけでなく、同じ塩の各結晶形間の効果の違いも考慮し、明細書に記載の効果のすべてを考察した上で総合的に判断すべきである。」とした。本件特許の明細書の実施例には、ボルチオキセチン遊離塩基、及び、臭化水素酸塩の5つの結晶をを含む9つの塩型結晶の融点、吸湿性、溶解度のデータが記載されている。その一部を下記の表に示す。
 
実施例 物質名 融点 吸湿性 溶解性
(mg/mL)
3c 遊離塩基の結晶 117 非吸湿性 0.1
4b 臭化水素酸塩の結晶α 226 0.3% 2
4d 臭化水素酸塩の結晶β 231 0.6% 1.2
4f 臭化水素酸塩の結晶γ 220(100℃で何らかの熱イベント) 4.5%
4g/4h 臭化水素酸塩半水和物 100℃で脱水 水分量は相対湿度による
4j 臭化水素酸塩酢酸エチル溶媒和物 75℃で脱溶媒
5b 塩酸塩の結晶 236 1.5% 3
5d 塩酸塩一水和物 50℃で脱水、230℃で溶融 非吸湿 2
6b メシル酸塩の結晶 163 8%(水和物へ変化) >45
7b フマル酸塩の結晶 194 0.4

合議体は、「各塩型結晶の融点、吸湿性及び水溶性のデータを比較した結果、ボルチオキセチン臭化水素酸塩の結晶形α及び結晶形βは、その他の塩型と比較して、高い融点(安定性)を維持しながら、同等レベルの低い吸湿性(「低吸湿性」)及び比較的高い水溶性(「微溶」)を有し、医薬用に適する。このような総合的特性は当業者が本件特許所に記載の様々な塩型結晶から予測できないものである。その他の塩又はその結晶は、吸湿性が高いか、または安定性が悪い。例えば、臭化水素酸塩と特性が最も近いものは塩酸塩であるが、ボルチオキセチン塩酸塩の結晶は吸湿性が高く、塩酸塩一水和物は50℃で脱水する。また、同じくボルチオキセチン臭化水素酸塩である結晶形γは、約100℃で結晶形の変換が発生する可能性があり、安定性が悪く、吸湿性が高い。水和物及び酢酸エチル溶媒和物はいずれも、結晶水又は結晶溶媒が失いやすく、安定性が悪い。」として、ボルチオキセチン臭化水素酸塩の結晶形α及び結晶形βの進歩性を認めた。

上記2つの実例から、「予想外の効果」の判断手法、比較対象及び「量的・質的変化」の判断基準を学ぶことができる。

(判断手法)①本願の新規な結晶形の効果を確認する。②最も近い先行技術の効果を確認する。③両者を比較して、効果の違いは当業者が予測できるかを判断する。

(比較対象)本願と、最も近い先行技術とを比較する。最も近い先行技術が、基本化合物の遊離塩基や薬学的に許容される酸付加塩を記載していても、本願に対応する特性や効果を開示していないものである場合が多い。この場合、本願の明細書に遊離塩基又は多くの結晶形の効果が記載されていれば、審査官は通常、本願の効果データに基づいて対比分析する。そのため、明細書に当初記載された様々な効果の実験データは非常に重要である。無効審判において、合議体は通常、請求人が本願の明細書に記載の実験で確認された結果を否定する十分な証拠を提示しておらず、先行技術の効果を示す十分な証拠もない場合、本願の効果が予測可能であることは証明されていないと判断する。

(判断基準)「予想外の効果」は、脱水温度が遥かに上昇した例3のように、顕著な「量的変化」であってもよく、高い融点を維持しながら低い吸湿性及び適切な溶解性を有する例4のように、「質的変化」であってもよい。通常、塩を形成することで、遊離塩基の溶解度が高くなる。一方、塩がさらに結晶となると、塩の溶解度がある程度低くなる。結晶が高い融点を有することは、より規則的な結晶粒と、より高い安定性を有することを意味しているが、これに応じて溶解度がより低くなり、吸湿しにくくなる。例4の特許では、結晶形は高い融点、低い吸湿性及び適切な水溶性を達成できたので、様々な特性の良好な「バランス」を取れたといえる。このように、例4の特許は、各観点での効果がいずれも良好に改善された典型例として、多数の無効審判請求で挑戦されたにもかかわらず、今でも存続している。最も近い先行技術に既知の化合物の薬学的に許容される酸付加塩が多く記載された場合、「予想外の効果」の反映として、明細書における実験データは、好ましい結晶形が少なくとも1つの効果について他の結晶形より明らかに優れることを示すことが必要である。

追試により予想外の効果を示す出願後の努力
 
研究開発の進捗の関係で出願時に十分な実験データを提供できないか、又は、審査官や無効審判請求人が出願人の知らない先行技術を提示した場合、実体審査又は不服審判、無効審判において、本願発明が予想外の効果を有することを証明するための追試実験データを提出することが考えられる。ただし、追試実験データにより証明される効果は、当業者が特許出願の開示から把握できるものでなければならない。追試実験データが認められた例として、下記の例5が挙げられる。

【例5】カリプラジン(第47087号無効審判請求の審決)

本件特許はカリプラジンのモノヒドロクロリド塩無水物多形体Iに関する。本件特許の明細書には、「我々の実験の過程で、驚くべきことに我々は該技術分野で記載される多数の塩の中でも、該モノヒドロクロリド、ジヒドロクロリド、モノヒドロブロミド、マレエートおよびメタンスルホネート塩が優れた安定性、分離可能性、取り扱い性および溶解性を示すことを見出した。」、「該ヒドロクロリド塩は最も高収率かつ最も高純度で製造されうるため、特に好ましい。」との記載がある。明細書には、モノヒドロクロリド塩の収率、融点、TG、DSCなどによるモノヒドロクロリド塩の分析は記載されているが、純度の記載はなかった。

無効審判において、特許権者は反証1、2(特許権者が欧州対応出願の審査において提出した応答書の一部及びその中国語訳)を提出した。反証2は、実施例1~4、6で得られた物の純度、全不純物量及び代表的な不純物の量を示し、反復実験により不純物濃度が測定誤差ではないことを示した。
物質(実施例番号) 純度(%) 全不純物(%) 代表的な不純物(%)
メタンスルホネート塩(実施例1) 99.59 0.41 0.26
マレエート塩
(実施例2)
99.82 0.18 0.17
ヒドロブロミド塩
(実施例3)
99.78 0.22 0.05
ジヒドロクロリド塩
(実施例4)
99.72 0.28 0.28
モノヒドロクロリド塩
(実施例6)
99.96 0.04 0.02
 
合議体は、「当業者は明細書の記載から、モノヒドロクロリド塩が他の塩よりも高い純度を有することは特許権者が出願前に関心を持って検討した効果であることを認識できる。特許権者が出願後に審査の必要に応じて提出した、カリプラジンモノヒドロクロリド塩の多形体Iが高い純度を有することを示すための追試実験データは、考慮することができる。追試実験データから、モノヒドロクロリド塩が全不純物量及び代表的な不純物の量について他の塩より低いことは明らかである。また、現時点の証拠では、不純物濃度が製造方法のみにより影響され、塩自体の選択とは無関係であることは証明できない。」として、カリプラジンモノヒドロクロリド塩の多形体Iは、他の塩よりも、当業者が予測できない高純度、許容可能な安定性及び遊離塩基より改善された溶解性を示していると判断した上で、有効審決をした。

例5から、明細書に様々な観点から効果を記載する重要性が分かる。明細書の一般的な記載はあっても実験データがない効果について、当業者が明細書全体の記載から、特許権者が出願前にこの効果に関心を持って検討したことを確信できる場合、出願後に提出する追試実験データは、発明の効果に関する根拠として採用される可能性がある。なお、公証・認証手続は必須ではない。ファミリー出願の審査において提出した実験証明書をそのまま用いる場合、データの信ぴょう性を否定する証拠がなければ、公証・認証がなくても、その信ぴょう性は通常認められる [4]

結晶形発明の進歩性判断に関する各国の運用への関心
 
商品化の可能性が高い結晶形発明は、その医薬品の主要な販売国及び製造国で特許を取得するのが一般的である。各国での権利化を円滑に進めるために、進歩性判断に関する各国の運用を把握すべきである。弊所の実務経験からすれば、中国及び日本では、結晶形の取得が容易であると判断されやすく、結晶形の効果が「予測できない」程度のものかが重要視され、クレームには複数の特徴ピーク(例えば、5つ以上の特徴ピーク)を記載することが求められるなど、厳しい運用が取られている。一方、米国では、結晶形発明は比較的認められやすく、進歩性について、先行技術に化合物の多形現象の存在が教示されているか、一般の実験や技術により本願の新規な結晶形が得られるか、結晶化実験において可変条件を多く採用したか、新規な結晶形の発見について合理的な成功の見込みがあるかという一般的な観点から主張すればよい[5]。また、登録クレームは通常、範囲が広く、少ない特徴ピーク(例えば、3つの特徴ピーク)でも認められる。欧州では、結晶形発明の進歩性審査も予想外の効果を重要視するが、クレームは少ない特徴ピークで登録できる。したがって、複数の国・地域での権利化を図る場合、最も厳しい基準で実験データを記載するとともに、最も緩い基準でクレームを作成し、明細書には各カテゴリーの発明をいずれも記載することはお勧めである。
 
以上より、結晶形発明は医薬分野における特許出願の重要な対象である。権利化の円滑さ及び権利の安定性を図るために、様々な観点から効果を発掘したり、明細書に結晶形と先行技術や他の結晶形との効果比較データを記載したり、必要に応じて出願後に追試実験データを提出したりする工夫を行うべきである。また、結晶形発明の進歩性判断に関する各国の運用を把握することも重要である。
 
 
[1] 「中国の無効審判例からみる化合物の結晶形発明の進歩性要件」、白玉、公開アカウント「林達劉知識産権」
[2] 「薬物結晶形特許の出願戦略2022」、劉元霞、晶泰科技XtalPiより
[3] 「医薬メーカーの薬物結晶形に関する特許出願戦略の確立」、晶泰科技XtalPiより
[4] 「薬物結晶形特許の権利化、有効性、侵害問題及び傾向」、劉永全、CPIPS 2021より
[5]「薬物結晶形発明特許の進歩性判断基準における中米の差異について」、鄭希元、張英、「特許代理」、2017(4):37-44


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