中国弁理士 鄭 方円
バイオ関連発明の特許出願において、タンパク質や核酸配列に関するクレームは、明細書によるサポートの問題が生じやすい。特に「同一性+機能」の記載を含むクレームは、明細書によりサポートされていないと指摘されることが多い。
この分野の拒絶理由からすれば、中国の審査官の間に、①バイオ分野の予測可能性が低く、配列構造の違いが機能の変化や喪失につながる点、②遺伝子やタンパク質の派生配列も同様の機能を有することについては、実施例による検証が必要である点、について共通の認識が広く存在している。。本稿において、クレームにおける同一性及び機能の記載に係るサポート問題について、審査例及び裁判例を解説しながら検討していく。また、明細書作成及びオフィスアクション応答に関するアドバイスを示す。
<審査例>
請求項1は、高温下でのアミド化合物耐性が野生型より向上している改良型酵素であって、前記酵素は、特定の属に由来し、野生型はαサブユニット及びβサブユニットからなり、αサブユニットは特定の配列を含み、特定の部位に特定のアミノ酸置換があり、αサブユニットは配列番号4に示されるアミノ酸配列、又は配列番号4に示されるアミノ酸配列と98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、βサブユニットは配列番号2に示されるアミノ酸配列、又は配列番号2に示されるアミノ酸配列と95%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなることを特徴とする、改良型酵素に関するものである。
審査官は、このような同一性の記載は明細書によりサポートされていないと疑問視した。具体的には、審査官は「請求項1において、αサブユニットの特定のセグメントに特定の配列があることのみ規定されている。203個のアミノ酸からなる配列番号4と98%の同一性を有するということは、少なくとも4個のアミノ酸が変更されたということである。229個のアミノ酸からなる配列番号2と95%の同一性を有するということは、少なくとも10個のアミノ酸が変更されたということである。また、変更部位やアミノ酸の種類が規定されていないため、派生配列の数は膨大であり、実施例で検証された変異配列をはるかに上回っている。」として、請求項1は明細書によりサポートされておらず、中国特許法第26条第4項に規定する要件を満たしていないと指摘した。
出願人は、以下のような対応を取ることで、請求項1が明細書によりサポートされていることを審査官に納得させた。
まず、出願人は以下の点を主張した。①当該酵素の機能向上の鍵は、配列全体の変更ではなく、αサブユニットの特定の部位における特定のアミノ酸置換にある。明細書には、この置換がアミド化合物耐性を如何にして向上させるかに関する詳細な記載があり、実施例による効果の検証もある。②クレームに記載の特定の配列は、当該酵素が機能する活性中心となるものである。本願の改良型酵素のアミノ酸配列のうち上記活性中心となるアミノ酸配列は変更されていない。したがって、活性中心に変異が生じていないため、本願の改良型酵素が触媒活性を有することは予測可能である。
そして、出願人は、当該属の複数の菌株のα及びβサブユニットの配列アライメント結果を提示して、これらの配列が実施例に記載の配列と95%以上の同一性を有し、特に重要機能領域において高い保存性を有することを説明した。
さらに、出願人は、主張を補強するためにKEGG等のデータベースを引用して、これらのタンパク質の機能が同様であり、本発明の目的(アミド化合物耐性の向上)に合っていることを説明した。
このケースにおいて、明細書には全ての配列の機能は一々記載されていないが、機能の検証及び論証の補強は、同一性の記載を支える技術的根拠となっている。
<審査例からの示唆>
● 同一性の記載を含む出願の明細書作成について
(1)できる限り詳細な記載をする。例えば「相同性・同一性」の具体的な百分率を複数記載したり、機能的記載を加えて「同一性の記載は非重要領域を対象としており、重要領域は保存しなければならず、かつ変異がない」旨の説明をしたりする。
(2)百分率のみによる規定は避けるべきである。「この領域が完全である限り、その他の領域における保存的置換は通常、活性に大きな影響を与えない」というような原理上の説明をするとともに、重要部位、機能領域や結合能といった機能的要件も記載する。
(3)実施例で直接検証された元の配列及び特定の変異体の機能データを記載する。さらに、様々な種に由来するか、または、様々な程度に修飾された同一性の高い複数の配列について機能試験を行う。試験データが限定的であっても、機能が配列の変更に対して鈍感であることを証明できれば、「効果は予測可能である」という主張の説得力が大幅に高まる。
● オフィスアクション応答について
(1)実施例に記載された比較データに基づき、同一性の高い配列に同じ変異を導入しても同様の効果が得られると予測できる理由を説明する。
(2)同一性の高い配列が重要機能領域において高度に保存されていることを視覚的に示し、自然界において非重要領域に変異があっても機能が変わらない配列が存在することを証明するために、複数の配列アライメント図を提示する。
(3)変異配列に関する説得力を高めるために、実験データや構造予測ツールを引用する。
特に「熱安定グルコアミラーゼ」を名称とした発明特許の無効審判審決取消訴訟の再審((2016)最高法行再85号事案)において、争点の一つは、補正後の請求項における「配列番号7と少なくとも99%の同一性を有する」という記載が明細書によりサポートされているかという点であった。
「【請求項6】グルコアミラーゼ活性を有する単離された酵素であって、配列番号7に示す全長配列と少なくとも99%の同一性を有し、等電点電気泳動法によって測定された等電点が3.5未満である、単離された酵素。
【請求項10】前記酵素は、糸状菌Talaromyces属に由来し、前記糸状菌はT.emersonii株である、請求項6~9のいずれか1項に記載の単離された酵素。
【請求項11】前記糸状菌はT.emersonii CBS 793.97である、請求項10に記載の酵素。」
再審において、特許権者は、当業者の水準、保護対象となる菌種の生息環境、生物学的特性の類似性、及び真菌における酵素の進化の保存性を示す証拠を提出した。中国最高裁判所は、「99%以上の同一性と、菌種や菌株の由来という二重限定により、クレーム範囲は極めて限られた酵素に限定されている。実施例では、元の配列を含むタンパク質が特定の酵素活性を有することが実証されているため、99%の同一性により規定されるタンパク質も明細書によりサポートされている。」と判断した。
この判決は、「同一性+由来+機能」の記載を含むクレームが明細書によりサポートされているかを判断するための規則、及び配列に関する発明の許可基準を明確にするものであり、タンパク質や遺伝子に関する特許出願の明細書作成や審査運用に対する参考となる。
中国は判例法の国ではないものの、オフィスアクション応答において上記裁判例を援用することは、審査官を説得する上で有利に働くと思われる。
<PCT出願の明細書作成に関するアドバイス>
同一性の記載に関する各国・地域の運用を考慮すべきである。認められる同一性比率は、国・地域の判断基準によって異なる。例えば、JP及びUSでは90%以上の同一性を記載すれば認められる可能性が高く、EPでは85%以上や90%以上が認められる場合がある。上記の事例において、JP、US及びEP対応出願は、「X」を含む一般式で表される配列を記載するクレームで特許査定を受けた。このように、CNIPAは、「同一性+機能」の記載を含むクレームに対して、他国の特許庁よりも厳しい審査運用を取っていることが分かる。
したがって、「同一性+機能」の記載を含むPCT出願の明細書を作成する際には、上述したアドバイスに加え、各国の審査運用にそれぞれ適合する態様を明細書に記載しておくことで、国内段階でクレームを見直す余地を残すこともお勧めである。また、クレームをサポートする実験データや構造予測の記載があるかなど、機能の検証可能性を特に確認すべきである。