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中国における均等侵害の判断に関する一考察


北京林達劉知識産権代理事務所
機械部二部副部長 中国弁理士
沈 顕華

中国において、発明特許及び実用新案(以下、発明特許及び実用新案を総称として「特許」という)の侵害には、文言侵害と均等侵害がある。文言侵害と均等侵害は、前者では、クレームの文言上の範囲で侵害判断を行うのに対して、後者では、上述した文言上の範囲を適当に拡大した範囲で侵害判断を行う点で相違する。均等侵害の判断に際して、「適当に拡大した範囲」を如何に把握すべきかは、特許侵害判断における難しい問題である。本稿では、法律上の根拠、判断の原則、他国との比較、事例解析などの観点から、均等侵害の判断について検討する。

 法律上の根拠

中国の特許侵害判断に関する法律上の根拠として、中国特許法、特許法実施細則及び中国最高裁判所の司法解釈が挙げられる。一方、裁判所の判例は法律上の根拠にならない。均等侵害の判断に関する法律上の根拠は中国最高裁による次の司法解釈にある。

①2001.07.01     から施行の「特許紛争事件の審理における法律適用の問題に関する最高裁判所の若干の規定」(以下、「規定」2001という)第17条

②2010.01.01から施行の「特許権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈」(以下、「解釈一」という)第4、6、7条

③2015.02.01から施行の改正「特許紛争事件の審理における法律適用の問題に関する最高裁判所の若干の規定」(以下、「規定」2015という)第17条

④2016.04.01から施行の「特許権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈(二)」(以下、「解釈二」という)第6、8、10、12条

「規定」2001の第17条には、「均等物とは、かかる構成要件と実質的同一の手段により実質的同一の機能を果たして実質的同一の効果を奏するものであって当業者が創意工夫をせずとも想到し得るものをいう。」との規定があった。

2015年2月1日から、「規定」2001の第17条は「規定」2015の第17条に置き換えられ、後者には均等侵害判断の時期に関して「被疑侵害行為の発生時に」という記載が追加されている。

「解釈一」の第4、6、7条、「解釈二」の第6、8、10、12条には、禁反言の法理、寄付原則など、均等論の適用に関する規制が定められている。

 判断の原則

中国において、均等侵害の判断の原則は上述した司法解釈に基づくものである。以下には、筆者の理解及び経験から、主要な判断原則について説明する。

1.均等性判断の4要素

「規定」2015の第17条によれば、均等性判断は次の4要素を含む。

①実質的同一の手段により

②実質的同一の機能を果たして

③実質的同一の効果を奏するものであって

④当業者が被疑侵害行為の発生時に創意工夫をせずとも想到し得るもの

上記4要素について、司法解釈にはより詳細な定めはない。そのため、北京高裁により2017年4月20日に発表された「特許侵害判定指南」(以下、「北京高裁指南」という)を参考にして説明する。

なお、「北京高裁指南」は北京の裁判所を指導するガイドラインにあたるものであり、司法解釈ではなく、北京以外の裁判所に対しては拘束力はない。この「北京高裁指南」を参考にしたのは、このガイドラインは特許侵害裁判を多数扱った北京の裁判所の豊富な経験から作成されたものであり、北京の高い裁判水準だけでなく、均等性判断に関する中国裁判所の一般的な考えもある程度反映し、今後の成り行きを示すものと考えたからである。

(1)「実質的同一の手段により」について

「北京高裁指南」第46条には、「実質的同一の手段とは、被疑侵害物件における構成と、クレームのかかる構成とが技術内容について実質的な差異を有しないことをいう。」と規定されている。

「技術内容について実質的な差異を有しない」とは具体的に何を意味しているかに関しては、「北京高裁指南」にも詳細な説明はなく、これは均等性判断の現状に一致している。4要素の判断において、裁判所は「実質的同一の手段」の判断に関して客観的な基準が確立しておらず、裁判官はかなり自由に判断できる。

通常、クレームに記載の手段(以下、「クレーム手段」という)とイ号物件の手段(以下、「イ号手段」という)は、動作原理が実質的同一で、両者が   一般的な置き換えであれば、「技術内容について実質的な差異を有しない」、「実質的同一の手段」に該当すると判断される可能性は高い。

一方、動作原理が実質的同一であるか否かの判断自体も実際には、自由度の高いものである。

動作原理が実質的同一でなければ、「実質的同一の手段」ではないといえるかについて、確実な答えはない。実際の裁判において、動作原理が明らかに異なるものであっても、裁判官は「一般的な置き換えである」という理由だけで、両者が「実質的同一の手段」に該当すると判断する可能性がある。

(2)「実質的同一の機能を果たして」について

4要素の判断において、「実質的同一の機能」の判断は比較的容易で客観的である。通常、クレーム手段とイ号手段を検討すれば、それぞれの機能が何なのか、どのような違いがあるかを判断できる。

「北京高裁指南」第47条には、「実質的同一の機能とは、被疑侵害物件における構成と、クレームのかかる構成は、それぞれのソリューションにおいて果たす役割が実質的同一であることをいう。被疑侵害物件における構成は、クレームのかかる構成と比較して他の役割も有する場合、それを考慮しない。」と規定されている。

「他の役割」を考慮しないことについて、次の表を参照して説明する。



構成Aと構成A’を比較する際に、役割b、cを考慮せず、役割a1と役割a2のみ比較する。役割a1と役割a2がほぼ同じであれば、「実質的同一の機能」に該当するが、役割a1と役割a2がだいぶ異なるものであれば、「実質的同一の機能」に該当しない。
 
「他の役割」であれば一切考慮されないのかについては、議論の余地があると思う。一方、「他の役割」を考慮しない方が、「実質的同一の機能」に関する判断がしやすいので、実務において採用される可能性は高いと思われる。

(3)「実質的同一の効果を奏するものであって」について

「北京高裁指南」第48条には、「実質的同一の効果とは、被疑侵害物件における構成と、クレームのかかる構成は、それぞれのソリューションにおいて奏する技術的効果とが実質的な差異を有しないことをいう。被疑侵害物件における構成は、クレームのかかる構成と比較して他の効果も有する場合、それを考慮しない。」と規定されている。

4要素の判断において、「実質的同一の効果」は均等性判断の突破口になりやすい。そのため、「実質的同一の効果」を有するかを判断してから、それ以外の要素を判断することが考えられる。

「北京高裁指南」第47条と同様に、効果についても、「他の効果」は考慮しないという規定がある。

(4)「当業者が被疑侵害行為の発生時に創意工夫をせずとも想到し得るもの」について

「北京高裁指南」第49条には、「創意工夫をせずとも想到し得るとは、当業者が、被疑侵害物件における構成と、クレームのかかる構成を相互に置き換えることに容易に想到できることをいう。

具体的に判断する際に、以下の観点から考察することができる。

両者が技術上、同一又は近いカテゴリーに属するか。

両者が利用する動作原理は同一であるか。

両者の間に簡単な直接的置き換え関係があるか。すなわち、両者の置き換えは、他の部分の再設計を必要とするか。但し、簡単な寸法や接続位置の調整は再設計に該当しない。」と規定されている。

このように、「創意工夫をせずとも想到し得る」ことの判断は、特許の新規性判断における慣用手段の直接的な置き換え、進歩性判断における技術常識の認定と似たような考えである。

2.ルールの適用

均等侵害の場合にもオールエレメントルールが適用される。具体的には、「解釈一」第7条に「裁判所は、侵害被疑物件が特許権の権利範囲に属すか否かを判断するとき、権利者の主張する請求項に記載されたすべての構成要件を考察しなければならない。

侵害被疑物件が、請求項に記載されたすべての構成要件と同一又は均等なものを含む場合、裁判所はそれが特許権の権利範囲に属すと認定しなければならない。侵害被疑物件の構成要件を請求項に記載のすべての構成要件と比較して、請求項に記載の構成要件の一つ以上が欠如するか、又は一つ以上の構成要件が同一でも均等でもない場合、裁判所は侵害被疑物件が特許権の権利範囲に属さないと認定しなければならない。」と定められている。

つまり、均等侵害の判断において、クレームの各構成要件とイ号物件の各構成を比較する必要があり、同一でも均等でもない構成が1つさえあれば、非侵害と判断できる。

なお、構成要件とは、何らかの機能を実現する技術内容またはその組み合わせを意味する。例えば、機械物の場合、ある機能を実現する部材1つと、ある機能を実現する複数の部材の組み合わせとも、1つの構成要件となり得る。

3.機能的表現について

「解釈一」第4条には「請求項には、機能又は効果により表現される構成要件がある場合、裁判所は、明細書及び図面に記載された当該構成要件の実施形態及びその均等形態を参酌して、当該構成要件の内容を判断しなければならない。」と規定されている。

「解釈二」第8条には「『機能的要件』とは、構造、成分、工程、条件又はこれらの関係などを、発明創造におけるその機能又は効果によって特定する構成要件をいう。ただし、当事者が請求項を読むだけで、上記機能または効果を達成する具体的な実施形態を直接的かつ明確に把握できる場合は、この限りでない。

明細書及び図面に記載の上記機能又は効果を達成するために必要不可欠な構成と比較して、被疑侵害物件の対応する構成は、実質的同一の手段によって、同一の機能を実現し、同一の効果を達成するものであって、当業者が被疑侵害行為発生時に創意工夫をせずとも想到できるものである場合、裁判所は、当該対応する構成が機能的要件と同一又は均等であると認定しなければならない。」と規定されている。

このように、機能的表現により特定される構成要件(機能的要件)の場合、イ号の構成と特許の明細書に記載の実施形態との均等性を判断するが、この均等性判断は、機能と効果について「実質的同一」ではなく、「同一の機能」、「同一の効果」を求める。これは機能的要件が広く解釈されることをさらに防止するためではないかと思われる。

実際の侵害判断において、同一の機能は満足しやすいが、全く同一の効果は満足し難い。なぜなら、手段が若干異なれば、効果も多少異なるからである。機能的要件に係る実際の侵害訴訟において、裁判所は非常に近い効果を同一の効果として扱う。

4.均等論適用の例外

均等論の適用には以下の例外がある。

(1)禁反言の法理

「解釈一」第6条 には、「特許出願人、特許権者が特許の権利化又は無効審判の手続きにおいて請求項、明細書の補正又は意見陳述により放棄した発明について、権利者が特許権侵害訴訟において特許権の権利範囲にそれが含まれていると主張する場合、裁判所はその主張を認めない。」と規定されている。

「解釈二」第6条には、「裁判所は、係争特許と分割出願関係にある他の特許及びその特許審査包袋、特許の権利化・有効性確認に係る確定裁判文書を用いて、係争特許の請求項を解釈することができる。

特許審査包袋には、特許審査、不服審判、無効審判において特許出願人又は特許権者が提出した書面資料、国務院特許行政部門及びその特許審判委員会が発行した拒絶理由通知書、面接議事録、口頭審理議事録、確定した不服審判請求の審決及び無効審判請求の審決などが含まれる。」と規定され、

第13条には、「権利者が、特許の権利化・有効性確認の手続きにおいて請求の範囲、明細書及び図面に対する特許出願人、特許権者による限縮的な補正又は説明が明確に否定されたことを証明できた場合、裁判所はこの補正又は説明が発明の放棄につながらないと認定しなければならない。」と規定されている。

(2)寄付原則

「解釈一」第5条には、「特許請求の範囲に記載されておらず明細書又は図面のみに記載された発明について、権利者が特許権侵害訴訟において特許権の権利範囲にそれが含まれていると主張する場合、裁判所はその主張を認めない。」と規定されている。

(3)「少なくとも」、「以下」による均等論への制限

「解釈二」第12条には、「請求項には「少なくとも」、「以下」などの用語により数値要件が規定され、かつ、当業者が請求の範囲、明細書及び図面を読んで、特許発明ではこの用語による構成要件への限定が特に強調されていると判断する場合、権利者はそれと異なる数値要件が均等物に該当すると主張しても、裁判所はその主張を認めない。」と規定されている。

 中・米・日の均等論対比

中国、米国、日本の均等論を以下のとおり簡単に比較する。

次の表は4要素の対比を示す。


 
米国は約150年前に均等論を発明した。他の国の均等論はほとんど米国から学んだものであり、中国もそのうちの一つである。上記の表に示したように、中国の均等論の4要素はいずれも、米国において対応する判例がある。一方、日本の均等論は「実質的同一の手段」に関する概念がなく、中国、米国の運用とは異なる。

次の表は他のルールの対比を示す。




 
上記の表に示したように、中国、米国、日本はいずれも、オール・エレメント・ルール、禁反言の法理、公知技術の抗弁がある。また、中国と米国は寄付原則、機能的要件の均等性判断もある。

しかし、中国、米国とは違い、日本の均等論は特許発明の本質的部分以外にのみ適用される。これに対して、中国では、発明の特徴点以外の構成要件については、発明の特徴点よりも厳しい基準で均等論を適用すべきであるという考えもある。例えば、「北京高裁指南」第60条には「発明のクレームにおける非特徴点の構成要件、補正で形成された構成要件、または実用新案のクレームにおける構成要件について、権利者が出願時又は補正時に、代替手段の存在を知っているか、または予見できるにもかかわらず、それを権利範囲に盛り込んでおらず、侵害判定において、均等物に該当するとして当該代替手段が権利範囲に含まれると主張する場合、その主張を認めない。」との規定がある。

 事例解析

以下には、代表的な事例を挙げて中国における均等論の運用をさらに説明する。

近年、中国の裁判所は、裁判基準の統一化、判決の公正性向上を図るために、訴訟の当事者が裁判官に先行判例を提示することを奨励するようになってきた。ただし、中国は判例法ではないため、以下の事例は参考になるが、実際の裁判はやはりケースバイケースで検討する必要がある。

以下の事例説明は紙幅の関係上、技術的な部分に関する詳述を割愛し、ポイントだけ説明する。

1.実質的同一の手段

【事例1】裁定書(2017)最高法民申4625号 (2017年12月20日)

本件において、争点は、本件特許のクレームにおける「オイルシール」とイ号製品の「ラビリンスシール」が均等であるかという点にある。

中国最高裁は「機械設計マニュアル」、「シール技術」における「オイルシール」、「ラビリンスシール」への説明に基づき、「オイルシールとラビリンスシールは動作原理、機能及び構造が同一でも均等でもない」と判断した。

本件において、中国最高裁は均等物の4要素をすべて考察した上で判断したわけではなく、主に動作原理の違いを考察した上で他の要素を加味して非均等と判断した。

本件からすれば、手段の動作原理が同一かについては、マニュアル、レファレンスブックなどを用いて証明することができる。

2.実質的同一の機能

【事例2】裁定書(2018)最高法民申566号 (2017年12月20日)

本件において、争点は、センサーの位置の違いが検出機能の違いにつながるかという点にある。

中国最高裁での再審において、特許権者は実験により、センサーの位置が違っても、測定結果に実質的な影響がないことを示した。また、本件特許の明細書及びイ号製品の「取扱説明書」も一側面から、測定対象の数値に実質的な変化は発生しないことを示している。

その結果、中国最高裁は「両者の機能及び効果が実質的同一である。両者の置き換えは、効果同等の一般的な置き換えに該当し、両者は均等物である。」と判断した。

3.実質的同一の効果

【事例3】判决書(2013)民提字第225号 (2013年12月25日)

本件は湯たんぽの製造方法に関する。争点の一つは、溶着工程6とトリミング工程7との順序を逆にする場合、効果の違いがあるかという点にある。

中国最高裁は、「工程4では溶着後の湯たんぽの断裁が行われているので、この工程のトリミングは主に湯たんぽの見栄えを向上させて完成品に近づけるためであり、スペース削減の効果が極めて限定的である」として、「これら2つの工程の順序変更は技術的機能及び技術的効果についても実質的な差異を生じるものではない」と判断した。

本件からすれば、イ号との均等性を検討すべき構成要件について、場合によっては他の構成要件も勘案して発明全体から総合的に判断する必要がある。本件において、工程4による後の工程6、7への影響を考慮しない場合、中国最高裁は効果についてこれだけ十分な理由で判断できないであろう。

【事例4】裁定書(2017)最高法民申69号 (2017年03月23日)

本件特許のクレームではピストン吸気管であるのに対して、イ号製品では、弁体内に設けられる「貫通孔(つまり吸気口)」が採用されている。争点は両者の効果が実質的同一かという点にある。

本件において、中国最高裁は、「『貫通孔(吸気口)はピストン吸気管に比べて、弁の内部に設けられるため、機械的構造上よりコンパクトでシンプルであるため、均等ではない』とした二審裁判所の判断は、本件特許の特徴点以外の効果を過剰に考慮したものであり、妥当ではない」と認定した。

前述した「他の効果」を考慮しないと定めた「北京高裁指南」第48条の考えは、本件における中国最高裁の考えと似ている。

4.機能的要件の均等性判断

【事例5】裁定書(2017)最高法民申2073号 (2017年12月27日)

本件特許のクレーム1に記載の「上下に昇降可能な上カッタ取付板(6)」は、中国最高裁に機能的要件として認定された。明細書における実施形態は、支持リンク4、垂直シリンダ5のピストンロッドなどによりこれを実現する。一方、イ号製品は駆動ギヤ、従動ギヤ、回転軸、偏心輪、外輪、引っ張りロッドなどによってこれを実現する。

本件の争点は、上述した両者の構成は効果が同一かという点にある。

中国最高裁は、「両者とも上カッタ取付板の上下の昇降を実現できる。・・・両者の機能は明らかに同一である。」「本件特許のピストンロッドが2つの極限位置で反転するのに対して、イ号製品では反転自在であるという客観的な状況はあるものの、上カッタが径方向において水平に移動する距離は短いので、このような違いは両者の効果に顕著な影響を与えることはなく、両者の効果は同一である。」と判示した。

このように、裁判所が認めた「同一の効果」は、全く同一というわけではなく、非常に近い効果である。

5.禁反言の法理

【事例6】裁定書 (2017)最高法民申1312号 (2017年06月22日)

本件特許のクレーム1には「昇降駆動シリンダ(43)が支持フレーム(2)の上端に取付けられ」という記載があり、この記載は拒絶理由通知の対応時に進歩性問題を解消するために追加したものである。イ号製品では、昇降駆動シリンダが支持フレームの側面に取付けられている。

二審裁判所は、「禁反言の法理に基づき、長江社は侵害訴訟において、昇降駆動シリンダが支持フレームの「上端」以外に取付けられるものも権利範囲に含まれると主張することができない」と判断した。

一方、中国最高裁は、「長江社の意見書・・・から、長江社は本件特許の「支持フレーム」が引例1の「焼入れ昇降フレーム」とは異なることを強調したことが分かる。一方、本件特許の昇降駆動シリンダは支持フレームの上端に取付けられるが、引例1に記載のかかる機構も上端に取付けられるものである。したがって、長江社は権利化段階において「上端」という構成について特に強調や制限をしておらず、さらに、「上端」に関する強調や制限から権利化できたというわけではない。禁反言の法理に関する二審裁判所の適用は妥当ではない。」と判示した。

このように、審査段階においてクレームに追加した構成の場合、この構成の一部分のみに禁反言の法理が適用される可能性がある。

6.寄付原則

【事例7】裁定書 (2017)最高法民申5147号 (2017年12月28日)

本件特許のクレーム1には「大豆粉」と規定されているのに対して、イ号方法ではおから粉の大豆繊維Dが使用されている。

中国最高裁は、「明細書では、大豆粉と大豆の抽出物粉は、並列関係の選択肢として記載されている。特許権者は大豆の抽出物粉を本件特許のクレームの範囲に包含させていないことから、大豆の抽出物粉に係る発明を本件特許の権利範囲から除外したと考えられる。」として、大豆の抽出物粉に該当するおから粉の大豆繊維Dも本件特許の権利範囲から除外されたと判断した。

このように、寄付原則は、クレームに含まれず明細書のみに記載された概念そのものだけでなく、その概念の下位概念にも適用される。

7.構成の分割

【事例8】裁定書 (2017)最高法民申3802号 (2017年12月20日)

本件特許のクレーム1には、レバー、スプリング、スリーブが記載されている。これに対して、イ号製品はピン、スプリングを設けた構成である。

二審裁判所は、イ号製品はクレームに記載の「スリーブ」という構成が欠如するとして、本件特許の権利範囲外であると判断した。

一方、中国最高裁は、「本件のポイントは、正確な対比分析のために構成要件を適切に分割することにある。構成要件の分割は、発明全体に基づいて、一定の技術的機能を比較的独立して実現でき、かつ比較的独立した技術的効果を奏し得る小さい技術的ユニットを考慮すべきである。」と認定した上で、「スリーブは1つの部材であるが、その機能及び効果はスプリングとの併用によって実現されるものであり、両者は組み合わせてこそ発明全体において役割を発揮できる。したがって、請求項1において、スリーブ自体は独立した機能を実現できず、独立した1つの構成として扱うことができない。本件特許のクレームの構成とイ号製品の構成を比較する際に、スリーブを独立した1つの構成として考えるべきではなく、「両端がそれぞれスプリングを貫通し、スプリングの外側が、スプリングの直径より小さい孔径を有するスリーブにより覆われている」という記載を、独立した1つの構成として対比分析を行うべきである。」と判断した。

このように、侵害判断の合理性を確保するために、機能を単位に構成要件を認定すべきである。

8.記載上の除外

【事例9】裁定書 (2015)民申字第740号 (2015年11月12日)

本件特許のクレーム1には「吸水カバーの上面がテーパ面となり」という記載がある。イ号製品では、吸水カバーの上面は平面である。

中国最高裁は、「特許権者は本件特許の出願時にクレームの発明を、「吸水カバーの上面が平面ではなく、テーパ面である」と限定した。テーパ面又は平面はいずれも本件特許の出願時に当業者が周知しているものである。したがって、特許権者がクレームの構成要件をテーパ面に限定した以上、平面を本件特許の権利範囲から除外したと考えられる。」と認定した。

中国最高裁の上述した認定は、クレームの低水準な作成への罰として考えられる。しかし、本件の判定方針が同様の他のケースにおいても適用されるかについては、ケースバイケースで検討すべきである。

結びに

以上は中国における均等論の運用についての一考察である。中国において、均等侵害の判断では不確実なところが若干あるため、あらゆる場合の判断方針や結論を提示することはできない。そのため、中国の均等論について、本稿の見解に拘束されることなく、別の観点からアプローチすることも考えられる。

中国において、均等論に関する法律上の規定は徐々に改善されている。今後、より具体的で運用しやすい司法解釈がさらに発表される可能性も十分あるので、筆者も今後の動向に注目していきたいと思う。

【参考資料】

1. Union Paper-Bag Machine Co. v. Murphy (1877)
2. Graver Tank & Mfg. Co. v. Linde Air Products Co.(1950)
3. Warner-Jenkinson Co. v. Hilton Davis Chem. (1997)
4. THK v. Tsubakimoto (Ball Spline Bearing case) (1998)
5. Pennwalt Corp. v. Durand-Wayland, Inc. (1988)
6. Festo Corp. v. Shoket Kinzoku Kogyo Kabushiki(2002)
7. Johnson & Johnston Associates, Inc. v. R.E. Service Co.(2002)
8. WMS GAMING INC. V. INTERNATIONAL GAME TECHNOLOGY(1999)
9.http://www.jpo.go.jp/torikumi_e/kokusai_e/training/textbook/pdf/Patent_Infringement_Litigation_Case_Study_(1)(2001).pdf
10. Maxacalcitol Case (2016)
11.「解釈一」第14条「特許の権利範囲に属すると訴えられたすべての構成要件が、1件の公知技術のかかる構成とそれぞれ同一であるか、又は実質的相違がない場合、裁判所は、侵害被疑者が実施した技術は、特許法第62条にいう公知技術に該当すると認定しなければならない。」
12.  Wilson Sporting Goods Co. v. David Geoffrey & Associates (1990)
  
以上
(2018)

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