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特許拒絶査定不服審判事例からみる分割出願の新規事項の追加について


北京林達劉知識産権代理事務所
中国弁理士 張 淏
 
『中華人民共和国特許法実施細則』第42条第1項には、「1件の特許出願に2つ以上の発明、実用新案又は意匠が含まれる場合、出願人は特許登録手続をする期間の満了前に、国務院特許行政部門に分割出願をすることができる。ただし、特許出願が拒絶査定、取り下げ、又はみなし取り下げとなった場合は、分割出願をすることはできない。」との規定がある。通常では、分割出願は単一性に緊密に関係しており、単一性の要件を満たす場合、1件の特許出願にまとめることはできるが、単一性の要件を満たさない場合、親出願から分割出願することが必要となる。
 
分割出願は、親出願の単一性違反を解消するために審査官の指令に従って行われるのが一般的であるが、実務において、出願人は自発的に分割出願をすることも可能である。例えば、親出願に複数の独立クレームが含まれているが、実体審査後に登録になったのは一部の独立クレームのみであり、登録になっていない独立クレームについて、出願人は放棄したくない場合、分割出願して権利化を図ることができる。特許出願の審査では、審査官によって判断が異なることがあるため、親出願において拒絶されたとしても、分割出願で登録になる可能性がある。また、親出願の権利範囲が狭すぎる場合、出願人としては、利益最大化の観点から分割出願を行うことで、より広い権利範囲を図ることも考えられる。そして、実務において上記の方法は実に多用されており、且つ有効な手段になっていると言える。

親出願の続きとして、分割出願は親出願を受け継ぐものであり、その出願日が親出願の出願日であり、親出願が優先権を主張した場合、親出願の優先日を受け継ぐこともできる。しかしながら、物事にはいい面もあれば悪い面もあり、分割出願は、親出願の出願日/優先日に遡及することはできるが、制限条件も設定されている。例えば、分割出願のカテゴリーは親出願と同一でなければならず、親出願が発明特許出願である場合、分割出願も発明特許出願でなければならない。実用新案で出願すると、受理されない結末になる(逆の場合も同じである)。また、分割出願の出願人は親出願の出願人と同一でなければならない。同一でない場合は、出願人変更の証明資料を提出しなければならない。また、親出願を受け継ぐものという位置づけから、分割出願の発明者は、親出願の発明者又はそのうち一部の発明者でなければならない。さもないと、この分割出願は受理されない結末になる。さらに、分割出願の内容は、親出願の記載範囲を超えてはならない。さもないと、中国特許法実施細則第43条第1項違反または中国特許法第33条違反との理由により拒絶査定されることとなる。本稿では、特許拒絶査定不服審判の事例を1件取り上げて、その審査経緯を紹介しながら、分割出願の新規事項の追加について考察する。

上記特許拒絶査定不服審判は、出願人が1999年7月19日に出願した、発明の名称が「polymorph of a pharmaceutical」で、リトナビルの新規な結晶性多型体(II型結晶性多型体)およびその調製法、非晶質のリトナビル及びその調製法、並びに既知のリトナビルの結晶性多型体(I型結晶性多型体)の新たな調製法に係る30項のクレームを含むPCT出願(国際出願番号PCT/US99/16334)に関するものである。このPCT出願(出願番号:99808927.3)は、中国国内に移行し、2010年11月3日に登録となり、特許公報には以下のクレームが記載されている。

「【請求項1】粉末X線回折パターンにおいて、2θの値が、8.67°±0.1°、9.51°±0.1°、9.88°±0.1°、10.97°±0.1°、13.74°±0.1°、16.11°±0.1°、16.70°±0.1°、17.36°±0.1°、17.78°±0.1°、18.40°±0.1°、18.93°±0.1°、19.52°±0.1°、19.80°±0.1°、20.07°±0.1°、20.65°±0.1°、21.49°±0.1°、21.71°±0.1°、22.23°±0.1°、25.38°±0.1°、26.15°±0.1°および28.62°±0.1°である特徴的なピークを有し、純度が90%よりも大きい(2S,3S,5S)-5-(N-(N-((N-メチル-N-((2-イソプロピル-4-チアゾリル)メチル)アミノ)カルボニル)-L-バリニル)アミノ)-2-(N-((5-チアゾリル)メトキシカルボニル)アミノ)-1,6-ジフェニル-3-ヒドロキシヘキサンの結晶性多型体。」

このように、上記PCT出願は中国移行後、特許成立したのはリトナビルの新規な結晶性多型体(II型結晶性多型体)に係る発明のみであった。出願人は、親出願の手続き終了前の2010年4月13日に分割出願をした。これは、親出願の長い実体審査段階で、出願人も一部の発明(特に調製法に係る発明)が許可され難いと判断したからであろう。上記分割出願の公開公報を読むと、特許請求の範囲は以下のとおりである。

「【請求項1】粉末X線回折パターンにおいて、2θの値が、8.67°±0.1°、9.88°±0.1°、16.11°±0.1°、16.70°±0.1°、17.36°±0.1°、17.78°±0.1°、18.40°±0.1°、18.93°±0.1°、20.07°±0.1°、20.65°±0.1°、21.71°±0.1°および25.38°±0.1°である特徴的なピークを有するリトナビルのII型結晶を、溶媒に溶解させることを含む、リトナビルを含む組成物を製造する方法。

【請求項2】前記リトナビルのII型結晶は、粉末X線回折パターンにおいて、2θの値が、8.67°±0.1°、9.51°±0.1°、9.88°±0.1°、10.97°±0.1°、13.74°±0.1°、16.11°±0.1°、16.70°±0.1°、17.36°±0.1°、17.78°±0.1°、18.40°±0.1°、18.93°±0.1°、19.52°±0.1°、19.80°±0.1°、20.07°±0.1°、20.65°±0.1°、21.49°±0.1°、21.71°±0.1°、22.23°±0.1°、25.38°±0.1°、26.15°±0.1°および28.62°±0.1°である特徴的なピークを有する、請求項1に記載の方法。

【請求項3】前記溶媒は酢酸エチルである、請求項1に記載の方法。

【請求項4】前記溶媒は酢酸イソプロピルである、請求項1に記載の方法。

【請求項5】前記溶媒はエタノールおよびオレイン酸を含む、請求項1に記載の方法。」

上記分割出願に対して、中国国家知識産権局(以下、特許庁という。)は2011年6月27日に第1回拒絶理由通知書を発行し、請求項1~5が当初の明細書及び特許請求の範囲に記載された事項の範囲、即ち親出願の記載の範囲を超えていると認定し、具体的には、「請求項1はリトナビルを含む組成物を製造する方法について特許を請求するものである。当初の明細書及び特許請求の範囲には、II型リトナビルを含み、特定の組成及び含有量を有する軟ゼラチンカプセルの調製法のみ記載されている。しかし、調製法に含まれる成分、具体的な調製工程等、発明に係る構成要件が削除された請求項1の発明は当初の明細書及び特許請求の範囲に記載されていない。また、リトナビルを含む組成物は、数多くの製剤形態とすることが可能であり、且つ該調製法はさらに、様々な工程を含んでもよい。このような補正により、請求項1はより広い技術的範囲を包含していることが明白である。

しかし、当該発明は当初の明細書及び特許請求の範囲の記載から直接且つ一義的に特定できるものではない。したがって、請求項1は当初の明細書及び特許請求の範囲に記載された事項の範囲を超えている。請求項1に直接的または間接的に従属する請求項2~5も、上記の不備があるため、特許法第33条に規定する要件を満たしていない。」と指摘した。

出願人は、審査官の指摘に承服せず、2012年1月10日に意見書を提出し、「親出願の明細書には、II型リトナビルは、I型とII型とのリトナビル結晶の混合物を好適な溶媒における溶液から再結晶することによって調製することができ、つまりリトナビルのII型結晶を溶媒に溶解させる必要があるという内容のみならず、酢酸エチル、酢酸イソプロピル及びオレイン酸系溶媒等、リトナビルのII型結晶を溶解させるための溶媒も記載されている。言い換えれば、親出願の明細書に記載されている多くの実例では、II型結晶を溶解させる過程が示されており、これによって必ずリトナビルを含む組成物を得ることができる。したがって、請求項1~5に記載の発明は、当初の明細書及び特許請求の範囲の記載から直接且つ一義的に特定できるものであり、特許法第33条に規定する要件を満たしている。」ということを主張した。

しかし、特許庁はこの意見書に納得できず、2012年4月17日に拒絶査定を発行した。そして、出願人は同様の理由により、2012年8月2日に中国特許審判委員会(以下、特許審判委員会という)に不服審判請求を提起した。

特許審判委員会は、この不服審判請求を受理した後、まず原審査部門に前置審査してもらった。前置審査部門は、「出願人が主張した補正の根拠によって調製して得られたのは「実質的に純粋なリトナビルのII型結晶」であり、請求項15に係る「リトナビルを含む組成物」ではない。さらに、前者の場合、調製が特定の条件下で、例えば特定種類の溶媒、抗溶媒を用い、特定の温度、時間等条件下で行われる必要があるしかし、請求項1では、発明に緊密に関係している上記構成が削除された。このような実施例を改めて上位概念化した発明は明らかに、当初の明細書及び特許請求の範囲の記載から直接且つ一義的に特定できるものではなく、当初の明細書及び特許請求の範囲に記載された事項の範囲を超えている。」と認定し、依然として請求項1~5は特許法第33条に規定する要件を満たしていないとし、拒絶査定を維持する旨の意見を示した。特許審判委員会は、合議体を組んで審理し、2013年5月13日に不服審判請求通知書を発行し、同様の理由により、分割出願の請求項1~5の補正は親出願に記載されている事項の範囲を超えていると指摘した。

出願人は、上記不服審判請求通知書に指摘された拒絶理由に同意できず、2013年8月28日に意見書及び下記の補正クレームを提出した。

「【請求項1】粉末X線回折パターンにおいて、2θの値が、8.67°±0.1°、9.88°±0.1°、16.11°±0.1°、16.70°±0.1°、17.36°±0.1°、17.78°±0.1°、18.40°±0.1°、18.93°±0.1°、20.07°±0.1°、20.65°±0.1°、21.71°±0.1°および25.38°±0.1°である特徴的なピークを有するリトナビルのII型結晶を、溶媒に溶解させることを含む、方法。」

また、意見書にて、出願人は「親出願の明細書には、非晶質、I型結晶及びII型結晶を含む様々な形態のリトナビルが記載されており、且つ各形態のリトナビルを製造する実施例も記載されている。また、リトナビルは医薬化合物であり、結晶か非晶質には関係がない。したがって、II型結晶を用いてリトナビルを含む組成物を製造する方法は、当初の明細書及び特許請求の範囲に記載された事項の範囲を超えていない。」と主張した。

合議体は審理を経て、2014年6月18日に不服審判請求の審決を発行し、「請求項1はリトナビルのII型結晶を、溶媒に溶解させることを含む、方法について特許を請求するものであり、且つ結晶の特徴的なピークを規定している。しかし、第一に、本願は分割出願でありながら、その発明は親出願の明細書及び特許請求の範囲に明確に記載されていない。第二に、「方法」という表現は、この方法により製造される製品には様々な可能性があり、さらに、リトナビルのII型結晶を溶解させることを含む、任意の製品を製造するための方法であってもよいことを意味するこのような上位概念化は実質上、請求項の技術的範囲をさらに拡大するものであり、当初の明細書及び特許請求の範囲に記載された事項の範囲を超えている。したがって、特許審判委員会は、原審査部門による分割出願に対する拒絶査定を維持する。」という見解を示した。

特許審判委員会による審決を不服として、出願人はさらに、北京市第一中級人民法院及び北京市高級人民法院に訴訟及び上訴を提起した。しかし、出願人の主張は事実及び法律の根拠に欠けているため、裁判所に認められず、分割出願が拒絶査定されたとの結果を覆すことができなかった。

上記事例の経緯を振り返ってみると、出願人が製造方法に係る発明が特許を受けるために努力を繰り返した大変さを実感しながら、特許審査部門が「新規事項の追加」に関する判断基準を厳守し、認定を堅持する決心も痛感した。

現在、中国では、分割出願の請求項が新規事項の追加に該当するかについて依然として厳しく判断されている。筆者の実務経験では、通常、分割出願の新請求項は、当初の明細書に基づいて改めて上位概念化された発明を含むことは許されない。言い換えれば、新請求項の各構成がすべて当初の明細書に裏付けられていても、全体となる発明が一つの実施例として当初の明細書に開示されていない場合、あるいは全体となる発明が一つの実施例におけるすべての関連構成を含んでいない場合、分割出願の請求項が新規事項の追加に該当すると判断される。

上記の事態を回避するために、出願人又は特許弁理士は出願書類の作成時に、特許性ありと考える発明をすべてクレームアップすることが考えられる。これらの発明が明らかに単一性の違反に該当するとしても、分割出願する場合、当初の特許請求の範囲に記載されていれば、通常、新規事項の追加に該当すると指摘されることはない。また、何らかの理由により、特許性ありと考える発明の一部をクレームアップしない場合、明細書の「発明の概要」にすべての発明を記載するとともに、「発明を実施するための形態」にてそれについて説明することが最低限になると思われる。そうしないと、分割出願の請求項を作成する際に、実施の形態における当該発明に係る構成をすべて請求項に盛り込むことが必要となり、請求項の技術的範囲が狭すぎるという不利な窮地に追われる可能性がある。これは所望の権利を取得できるか否かに直接関わるため、必ず留意すべきである。

以上は、筆者個人の経験談にすぎず、少しでもご参考になれば幸いである。皆さんと意見交換することを楽しみにしている。
 
(2017)

ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
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