化学分野において、「予想外の効果」を有すると唱える特許の無効化は通常、困難である。本件は、参考になれる無効化戦略を示してい...
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中国特許審査における追試について——X 薬品工業株式会社の不服審判事件からの思考


北京林達劉知識産権代理事務所
中国特許弁理士 王 岩
 
中国特許審査実務において、実施可能要件違反や進歩性欠如などの拒絶理由を解消するために、追試の提出が認められるか、有効か否かは、広く関心を集めている問題である。本稿では、X薬品工業株式会社の不服審判請求事件から、中国特許審査実務における追試についての最新の動きを考察するものとする。

上記不服審判請求に係る出願の実体審査では、審査官は「本願は中国特許法第26条第3項に規定する実施可能要件に違反した」として拒絶査定した。具体的な拒絶理由は、

「本願はジペプチジルペプチダーゼを阻害する作用を有する化合物について特許を請求するものである。明細書には本発明の化合物を調製する方法及び生物学評価実験が記載されているものの、トリプターゼアッセイにおいて、『本発明の化合物は、FAPαに関するプロテアーゼ活性に対して、等価な活性阻害を生じるのに要する濃度よりも、少なくとも50倍低い濃度で、DPP-IV活性を阻害することが分かった。本発明の化合物の、DPP-IVに対する見かけ上の阻害係数(Ki)は、約10-9M~約10-5Mなる範囲内にあった。』という一般的な記載しかない。『本発明化合物』は多くの化合物を含んでいる一般式化合物であるため、当業者は上記評価実験の結果が具体的にどの化合物から得られたかを確認することができない。したがって、当業者は明細書の記載から本願に係る化合物が出願人の報告した用途及び/又は使用効果を有することを確認できず、先行技術に基づき本発明がかかる用途及び/又は使用効果を奏し得ることも予見できないため、本願は中国特許法第26条第3項に規定する要件を満たしていない。」というものであった。

上述の拒絶理由に示しているように、明細書には実験データは記載されているものの、どのような化合物により得られた実験データなのかについては明示されておらず、本願の一般式で表される化合物を使ったという大まかな記載しかなかった。当該出願の一般式は多くの化合物を含んでいるため、審査官は明細書に例示された実験データが具体的にどの化合物により得られたのかを確認できず、さらに当該出願の一般式で表される化合物がいずれも同様の効果を奏し得るかということも確認できない。

このように、本件出願の問題は、明細書に記載の実験データの実験対象が「本発明の化合物」という大まかなものであり、具体的な化合物まで具現化されていなかった点にある。この問題は明細書作成の瑕疵によるもののように見えるが、裏の原因は、出願人が特許による保護を図りながら、効果の最もよい化合物の構造をノウハウとして秘密保持したいという意図があったからではないかと思われる。

しかし、中国では、このような化合物の明細書は非常に厳しい判断基準で審査されていたため、実体審査の段階で本件出願は認められず、拒絶査定されることとなった。その後、出願人は不服審判を請求し、追試も提出した。

そこで、特許審判委員会は合議体を組んで本件を審理し、結果として、拒絶査定を取消す旨の審決をした。この結果からすれば、不服審判請求時に提出された追試が認められたようで、実施可能要件違反もそれにより解消されたように思われるが、実際の状況がどうなっているのかは、この審決を検討してみよう。

合議体は、「発明が実施可能要件に違反しているか否かを判断する際に、明細書の記載だけではなく、当業者の視点から先行技術も考察する必要があり、当業者は明細書の記載と先行技術を参酌して、本願の化合物がその用途及び/又は使用効果を実現できることを予見できれば、明細書におけるかかる用途及び/又は使用効果に関する開示は十分であると判断すべきである」という見解を示した。

そこで、合議体は参考文献1(JP2003-300977A、公開日:2003年10月21日(本願の先行技術)、参考文献2(WO02/02560A、公開日:2002年1月10日(本願の先行技術)を引用した。合議体は、「本願の請求項1に記載の一般式化合物は参考文献1と参考文献2の化合物とは構造が類似しており、当業者は参考文献1と参考文献2を参考にしたうえで、DPP-IV阻害剤化合物の作用機構を分析することにより、骨格が変換された本願化合物もかかるDPP-IV阻害活性を有すると予見できる。本願明細書の記載によれば、本願はジペプチジルペプチダーゼIV(DPP-IV)阻害剤として用いられる化合物を提供することを目的としているため、当業者は本願の化合物がかかる効果を有することを予見できる。以上をもって、当業者は本願明細書の記載と先行技術から、本願請求項1~3に係る化合物が明細書に記載の用途及び/又は使用効果を有することを予見できるため、本願は特許法第26条第3項に規定する要件を満たしている。」と説示した。

上述の説示では、合議体は追試を認めるか否かについて具体的で明確な結論を示しておらず、先行技術に照らして、本件出願の一般式化合物による効果は当業者が予見できると認定しただけであった。また、上記審決の理由からすれば、実施可能要件違反の不備は解消されたが、合議体が「本願の一般式化合物の構造及び効果は、当業者が先行技術から予見できる」と判断しているため、本件出願には進歩性問題がまた生じてしまう。

その後、出願人は審決の理由を不服として、北京知的財産裁判所にさらに審決取消訴訟を提起した。本件訴訟は現在審理中である。 

本件事案について、筆者の私見としては、中国特許審査実務において、審査の基準及び方針が調整されている中、実施可能要件違反よりも、進歩性のほうが重要視されていると考える。ただし、明細書に記載されている実験データの証明力を判断する基準はあまり変化していない。例えば、上記事案の場合、明細書に記載されている実験データの証明力は実体審査においても不服審判においても認められなかった。

さらに、中国特許審査の実務からすれば、中国の審査官は出願後に提出された実験データは考慮に入れるが、当該証拠と出願書類に記載されている事実との関係を極めて慎重に吟味する。通常、出願後に提出する証拠は、審査官が出願書類に基づいて認定した事実を覆すことはできない。つまり、出願後に提出する証拠は、出願書類に存在する、当業者には予見され得る、あるいは検証された事実のみを立証でき、当業者が出願書類に基づいて確認できない事実や出願書類に記載のない事実を証明することができない。実務では、審査官は提出された証拠と発明との技術的関連を検討し、その関連性が確認できない場合、その証明力を認めない。また、出願書類に記載されていても、予見もできず検証もされていない効果は、出願後に提出する追試により証明できないものとされている。なお、追試を提出して予想外の効果を証明したい場合、審査官はまず、当該効果は当業者が明細書の記載に基づいて確認できるか否かを判断し、そして、発明の効果が当業者の予想を超えたか否かをさらに判断する。通常、最も近い先行技術より優れるだけでは、この効果が格別予想外であることを証明するのに不十分である。

よって、現状の中国特許審査実務において、追試で実施可能要件違反、進歩性欠如などの実質的な不備を解消することはなかなか困難である。特許出願を出すにあたり、如何に市場環境、審査方針及び出願戦略など多方面の要素を総合的に考慮し、技術公開と技術秘密保持とのバランスを取り、より安定かつ効果的な特許権を図れるかということは依然として、企業や特許事務所が向き合わざるを得ない重要な課題であるといえる。
 
(2016)

ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
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