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特許審判委員会の職権に基づいた審査に対する制限について ――最高裁(2014)知行字第2号特許審判委員会の再審請求が棄却された事件の分析


北京林達劉知識産権代理事務所
中国弁理士 張 宝瑜
 
【はじめに】

『特許審査指南』第4部分第1章には、中国知識産権局特許審判委員会(以下、特許審判委員会という)が審査を行う際のいくつかの原則が挙げられている。そのうち、特許審判委員会は、審査対象案件に対して、当事者が請求した範囲や提出した理由、証拠等に限定されることなく、職権に基づいた審査を行うことができるという職権に基づいた審査の原則が含まれている。しかし、特許審判委員会は、この原則を無制限に適用できるわけではない。以下に紹介する事件を通じて、特許審判委員会、北京市第一中等裁判所(以下、一中裁という)、北京市高等裁判所(以下、北高裁という)及び中華人民共和国最高裁判所(以下、最高裁という)はそれぞれの観点から、『特許審査指南』における「明らかな実質的な不備」に対する解釈と画定、及び司法部門の特許審判委員会の職権に基づいた審査に対する制限を明らかにした。

【本事件の概要

本事件の基本情報は以下とおり。


そして、本願の関連審査・審理決定及び判決は以下のとおり。


本願の審査・審理過程によれば、特許審判委員会は、不服審判請求において、SIPOの審査官が指摘しなかった「進歩性の欠如」という理由(審判官はSIPOの審査官が引用した引用文献1を採用した)で、拒絶査定を維持する審決を下した。そのため、本事件では、特許審判委員会が不服審判手続において、審査官の引用した引用文献に基づいて、拒絶査定で指摘された拒絶理由以外の理由により、案件を審査することができるか否かが争点となった。
 
特許審判委員会は、このようにすることで、当事者にとっては時間を節約し、案件が実体審査手続と不服審判手続との間を行ったり来たりすることを回避できると考量した。また、『特許審査指南』には、「拒絶査定で言及されていない明らかな実質的な不備に対して、職権に基づいて審査することができる。」と規定されている2
 
一審裁判所(一中裁)は、「『特許審査指南』における『明らかな実質的な不備』に関する規定には、進歩性の審査が含まれず、特許審判委員会が不服審判手続において、本願が進歩性を有するか否かを審査し、かつ、それを『明らかな実質的な不備』であると認定したことには、法的根拠がない。また、『当事者の時間の節約と、実体審査手続と不服審判手続との間を行ったり来たりすることを回避すること』を理由としたのも法的根拠が欠ける。」と認定した。一審裁判所は、特許審判委員会より出された拒絶査定を取消す判決を下した3
 
また、二審裁判所(北高裁)は、「不服審判手続において拒絶査定の根拠になった事実及び理由が特許審判委員会の基本的な審査範囲で、職権に基づいて新しい理由を取り入れて審査するのは、例外状況である。一審判決で、当該発明特許の方式審査と実体審査における『明らかな実質的な不備』の審査範囲を同一であると画定したことにも根拠が欠如する。特許審判委員会が下した第30895号審決には、『特許法』第22条第3項に基づく本願の進歩性に対する理由付けがあるが、当該理由は特許審判委員会が拒絶査定を審査する際に必ず言及する理由でもない。また、本願の進歩性に対する認定は、当業者の知識レベルによって、深い調査・実証することによってこそ想到できるものである。そのため、特許審判委員会が採用した本願の『進歩性の欠如』は『明らかな実質的な不備』の審査範囲ではない。と同時に、特許審判委員会が『当事者の時間の節約と、実体審査手続と不服審判手続との間を行ったり来たりすることを回避すること』と主張して、第30895号審決を下したことにも法的根拠がない。」と認定した。二審裁判所は特許審判委員会の上訴を棄却し、一審判決を維持する判決を下した4
 
さらに、最高裁は、「『特許審査指南』における『発明特許出願の方式審査』の部分には『明らかな実質的な不備』のさまざまな状況が挙げられているが、進歩性に対する評価は含まれていない。SIPOの①方式審査、②実体審査、及び特許審判委員会の③不服審判や無効審判段階における『明らかな実質的な不備』に対するそれぞれの審査範囲は完全に一致するはずはないが、前述の3つの段階における『明らかな実質的な不備』の状況の性質は一致すべきである。よって、『特許審査指南』に挙げられている『明らかな実質的な不備』は進歩性まで拡大して解釈すべきではない。特許審判委員会の職権に基づいた審査が例外なので、法律、法規及び規則の関連規定を厳格に遵守すべきである。本願の進歩性についての評価については、拒絶査定でも言及されていないし、『明らかな実質的な不備』でもない。よって、本事件は、特許審判委員会が職権に基づき審査する状況ではない5。」と認定した。最終的に、最高裁は、特許審判委員会の再審請求を棄却する判決を下した。
 
弁理士による本事件の評価、分析】
 
『特許審査指南』には、不服審判手続とは、出願人が拒絶査定を不服として実施する「救済手続」であると同時に、特許の「審査手続の延長」でもあると規定されている。したがって、特許審判委員会は、特許出願に対する全面的な審査義務を負うことなく、一般的に拒絶査定の根拠になった理由と証拠のみに対して審査を行う一方、特許権付与の質の向上、不合理な審査手続の延長の回避を図るため、拒絶査定で言及されていない明らかな実質的な不備に対して職権に基づいて審査を行うことができる6
 
前述の規定によれば、不服審判手続には「行政救済」と「審査手続の延長」という2つの属性がある。しかし、2つの属性を別々に考慮すると、お互いに矛盾、衝突することに気づくはずである。特許審判委員会が不服審判手続を主に「行政救済」として行う場合、審査のポイントは、「審査手続の延長」ではなく、拒絶査定が合理的であるか否かを評価すべきことである。一方、「審査手続の延長」として行う場合、「行政救済」として果たす役割は小さくなる。
 
特許審判委員会は、前述の2つ属性の重要性が同一ではないことを認めている。特許審判委員会のある専門家が執筆した文章には、「不服審判手続にとって、『行政救済』がその主要な属性で、『審査手続の延長』は『行政救済手続』の必要な補充である。」と述べられている7。しかし、実際の審査において、特許審判委員会の合議体が2つの属性の異なる重要性に対する注意を怠り、「審査手続の延長」を主要な属性として考えてしまうこともある。例えば、ある合議体は、すでにSIPOの審査官によって案件の新規性が審査されているにもかかわらず、新規性が進歩性の極端な状況(請求項の構成要件が完全に引用文献に開示されている)で、両者とも特許性という大きな範疇に属すると認定することがある。特許性という大きな範疇である限り、すでにSIPOの審査官に審査された新規性に基いて、同一の引用文献を引用して進歩性を更に審査することは、妥当だといえる。本願の不服審判段階におけるさらなる審査は、このような理由によるものだと考えられる。しかしながら、「審査手続の延長」を回避するために、効率だけを追求すると、かえって審査自体の公平性を喪失し、請求人の利益にも影響が及ぶおそれがある。
 
審査官・審判官は、法律・法規の関連規定に基づいて、審査すべきであるが、『特許審査指南』において、不服審判段階における職権に基づいた審査の範囲について明確に規定していないことが、審判官が職権に基づいた審査の範囲を明確にできない原因の1つになっていると考えられる。
 
前述のように、『特許審査指南』には、「不合理な審査手続の延長の回避を図るため、特許審判委員会は拒絶査定で言及されていない明らかな実質的な不備に対して、職権に基づいて審査を行うことができる。」と規定しているが、この「職権に基づいた審査」にはさまざまな制限がある。しかし、本事件においては、特許審判委員会も裁判所も、「不合理な審査手続の延長」について如何なる解釈もしていない。「不合理な審査手続の延長」とは具体的にどのような状況をいうのかということについて、その状況は比較的複雑で、その判断においては、さまざまな論争もあるが、出願書類の「明らかな実質的な不備」に対する審査は、不合理な審査手続の延長の回避を図る方法の1つであると断言することができる。『特許審査指南』の不服審判に係る部分には、「明らかな実質的な不備」とは具体的にどのような不備であるかについて明確に規定されていないが、本件において、最高裁は少なくとも、「『特許審査指南』に挙げられている『明らかな実質的な不備』を進歩性までに拡大して解釈すべきではない(前述の最高裁の意見を参照のこと)。」と認定した。そして、このような最高裁の曖昧な意見から、不服審判段階における「明らかな実質的不備」には、方式審査段階には含まれない「明らかな実質的な不備」も包括される可能性があるということを意図していることが汲み取れる。すなわち、不服審審判段階の審査範囲は方式審査より広いが、進歩性に対する評価は不服審判段階の「明らかな実質的な不備」の審査範囲ではないということである。
 
方式審査において審査すべき「明らかな実質的な不備」も、不服審判段階において不合理な審査手続の延長を回避するための職権に基づいて審査する内容である。『特許法審査指南』には、出願書類の明らかな実質的な不備に対する審査には、①特許出願が、特許法第5条に規定(法律違反)の発明創造、第25条に規定(科学的発見、知的活動の原則など)の特許権を付与しない状況であること、②特許法第18条(外国人が中国で恒常的な住所を又は営業所を有するか)、第19条第1項(外国の出願人が中国の特許代理機構に委任しているか)、及び第20条第1項(秘密保持審査を受けるか)の規定に合致してないこと、③特許法第2条第3項(意匠の定義)、第22条第2項又は4項(新規性と実用性)、第26条第3項又は4項(実施可能要件、不明確・サポート要件の違反)、第31条第1項(単一性要件)、第33条(新規事項の追加)又は特許法実施細則第17条~第22条(出願書類作成の不備)、及び第43条第1項(分割出願における新規事項の追加)の規定に明らかに合致してないこと、④特許法第9条の規定(ダブルパテント禁止の原則)により権利付与できないという審査を含む。
 
中国は判例法国ではないが、本事件は「最高裁の知的財産権事件年度報告(2014年)」に収録されている最高裁が審理した35件の典型的な知的財産事件・不正競争事件の1つとして選出され、特許審判委員会の法執行に対して規範的な役割を有している。特許審判委員会は不服審判を審理する際、「明らかな実質的な不備」の範囲を拡大すべきでないということを、本事件は示唆している。よって、本事件は、特許審判委員会の職権に基づいた審査範囲を限定的に規範化しているといえる。また、最高裁は本事件を通じて、不服審判の「行政救済」としての属性を強化させ、「審査手続の延長」の審査範囲を制限することで、出願人の権益のさらなる保護にも寄与した。
 
しかし、2015年4月1日に中国知識産権局より公示された特許法第4回改正草案には、「特許審判委員会は、不服審判請求に提出された理由及び証拠に対して審査を行い、必要に応じて特許出願が特許法の関連規定のその他の要件に合致するか否かを審査することができる」という規定が追加された。それにより、特許審判委員会の職権に基づいた補正の自由度を拡大すると同時に、出願人の権利に潜在的なリスクを与えることにもなると思われる。特許法第4回改正の施行後、特許実施細則において、前述の条文の適用できる具体的な状況や職権に基づいた審査の範囲が明確にされ、出願人の合法的な権益がさらに保護されることが期待される。弊所は特許法第4回改正の関連情報に注視し、新たな進捗があれば、読者の皆様に直ちにフィードバックさせていただく所存である。
 
(2015)

ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
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