発明の三要素を明確に記載することの重要性 ――中国で話題になった「洗浄容易な多機能豆乳機」無効審判事件に関して
            
         
		
	北京林達劉知識産権代理事務所
	特許代理部
	 
	1.はじめに
	
	九陽股份有限公司が所有する特許番号がCN1268263Cで、発明の名称を「洗浄容易な多機能豆乳機」とする特許(以下、「本件特許」という)は、特許審判委員会が発表した2012年度10大案件の1つである。2007年から現在までに、フィリップス、蘇泊爾、欧科など複数の請求人が特許審判委員会に計8回の無効審判を請求したが、特許審判委員会は、すべての請求について、特許権の有効性を維持する審決を下した。特許審判委員会は、「本件特許の出願書類はレベル高く作成されており、中国の中小家電企業にとっての模範例となる」と評価している。
	
	本稿では主に、本件特許の無効審判の経緯を参酌しながら、本件特許の出願書類の書き方について分析し、ハイクオリティの特許出願書類の作成ポイントをまとめてみた。
	
	
2.関連紹介
	
	2.1本件特許の発明の概要
	
	従来の豆乳機は、粉砕ブレードがフィルターコップ内に位置しているため、洗浄しにくいものであった。
	
	
	本件特許の多機能豆乳機は、ヘッドユニット下蓋(2)に、その下口が開放している導流器(8)が一つ固定設置され、電気モータ軸(7)の前端に固定されたブレード(11)が前記導流器(8)の内部に位置しかつ水中に入り込み、前記導流器(8)に導流孔(9)が設置されているか、又は前記ヘッドユニット下蓋(2)に前記導流器(8)の内腔と連通する導流槽(6)が設置されている豆乳機であり、製乳用素材は筒体(10)と導流器(8)内で水と共に循環され、粉砕され、製乳される。
	
	下口が開放している導流器(8)で従来の全閉型フィルターコップを代替したため、本件特許の多機能豆乳機は、簡単に洗浄でき、かつ製乳の効果がより良いという有利な効果を奏した。
	
	2.2.本件特許に対する無効審判の概要
	 
 
	
		
			| 
				請求人 | 
			
				請求日 | 
			
				証拠 | 
			
				無効の理由 | 
			
				審決 | 
		
	
	
		
			| 
				肖学宇 | 
			
				20071016 | 
			
				添付資料1:ZL03225170.X 
				添付資料2:ZL00227560.0 | 
			
				1.証拠1とダブルパテントに該当する。 
				2.請求項1、6は進歩性を有しない。 
				3.証拠5、6は補足資料として、証拠2及び3の技術分野の関連性について説明する。 
				4.証拠7を放棄する。 | 
			
				WX12244 
				特許権の有効性を維持する | 
		
		
			| 
				20080504 | 
			
				証拠1:ZL200420098571.5 
				証拠2:添付資料1 
				証拠3:添付資料2 
				証拠4:ZL99251702.8 | 
		
		
			| 
				20080526 | 
			
				証拠5:ZL95208094.X 
				証拠6:ZL89100923.X 
				証拠7:本件特許の調査報告書の謄本 | 
		
		
			| 
				佛山市順徳区欧科電器有限公司 | 
			
				20081223 | 
			
				証拠1’:CN2226433Y 
				証拠2’:CN2319113Y 
				証拠3’:CN2559406Y | 
			
				1.請求項1は新規性を有しない。 
				2.請求項1~5は進歩性を有しない。 
				3.無効審判の場で、実験を行うことにより、a.証拠1では、浸された豆はフィルターコップ8に添加されたが、内筒及び筒体に流れ込んだ豆乳液には粉砕された製乳用素材が含まれているため、製乳用素材も水と共に循環され、粉砕され、製乳されること、b.ブレードが水位下の1/2のところにあることは技術常識であることを証明する。 | 
			
				WX13373 
				特許権の有効性を維持する | 
		
		
			| 
				20090122 | 
			
				証拠1:CN1426723A 
				証拠2:証拠2’ 
				証拠3:証拠1’ 
				証拠4:証拠3’ 
				証拠5:US3229924 
				証拠6:US2038221 
				証拠7:『導流筒付攪拌槽における循環流量の実験研究』 
				証拠8:『撹拌機のタイプ選定及び改良型応用に関する研究』 
				証拠9:本件特許の調査報告書の謄本 | 
		
		
			| 
				張易萍 | 
			
				20120223 | 
			
				証拠1:CN1435119A 
				証拠2:CN1205860A | 
			
				1.請求項1は新規性を有しない。 
				2.請求項1~5は進歩性を有しない。 | 
			
				WX19499 
				特許権の有効性を維持する | 
		
		
			| 
				浙江蘇泊爾生活電器公司 | 
			
				20120516 | 
			
				証拠1:CN2540148Y 
				証拠2:CN1426723A(WX13373における証拠1) 
				証拠3:CN2287884Y 
				証拠4:CN2399089Y 
				証拠5:CN2559406Y(WX13373における証拠2) 
				証拠6:本件特許公開公報の謄本 | 
			
				1.請求項1、6は必須要件を欠いている。 
				2.請求項1、6及び明細書の補正は新規事項の追加に該当する。 
				3.実施可能要件違反に該当する。 
				4.請求項1、6は明細書によりサポートされていない。 
				5.請求項1、4、5は新規性を有しない。 
				6.請求項1~10は進歩性を有しない。 | 
			
				WX19505 
				特許権の有効性を維持する | 
		
		
			| 
				20120614 | 
			
				証拠7:CN2601722Y 
				証拠8:CN2750748Y及び特許権放棄声明の謄本 | 
		
		
			| 
				20120616 | 
			
				証拠9:BE502600A | 
		
	
	 
	 
	
		
			| 
				請求人 | 
			
				請求日 | 
			
				証拠 | 
			
				無効の理由 | 
			
				審決 | 
		
		
			| 
				珠海経済特区飛利浦家庭電器公司 | 
			
				20120323 | 
			
				証拠1’:BE502600A 
				証拠2’:CN1205860A(WX19499における証拠2) | 
			
				1.請求項1~10の補正は新規事項の追加に該当する。 
				2.請求項1~10は必須要件を欠いている。 
				3.請求項1~10は明細書によりサポートされていない。 
				4.請求項1~10は進歩性を有しない。 | 
			
				WX19513 
				特許権の有効性を維持する | 
		
		
			| 
				20120423 | 
			
				証拠1:CN1435119A(WX19499における証拠1) 
				証拠2:証拠1’であるBE502600A及びその中国語訳 
				証拠3:EP0792610A1及びその中国語訳 
				証拠4:US5810472A及びその中国語訳 
				証拠5:US5636923A及びその中国語訳 
				証拠6:証拠2’であるCN1205860A 
				証拠7:CN1435120A 
				証拠8:GB784682A及びその中国語訳 
				証拠9:本件特許の登録書面 
				証拠10:本件特許の公開公報 
				証拠11:1854年のベルギー特許法の謄本及びその中国語訳 | 
		
		
			| 
				龔萍 | 
			
				20121214 | 
			
				証拠1:特許公開公報平2-228920及びその中国語訳 
				証拠2:CN1435119A(WX19499における証拠1) | 
			
				1.請求項1は新規性を有しない。 
				2.請求項1~10は進歩性を有しない。 | 
			
				WX20421 
				特許権の有効性を維持する | 
		
	
	
	3.本件特許の出願書類の書き方について
	
	上記のとおり、本件特許は、ダブルパテント、請求項の新規性欠如、請求項の進歩性欠如、実施可能要件違反、独立請求項の必須要件欠如、サポート要件違反及び新規事項の追加等、特許法にいうほとんどの無効理由により無効審判を請求されたが、依然として特許権の有効性は維持されている。
	
	これは、本件特許の技術が、下口が開放している導流器で従来の全閉型フィルターコップを代替したことで、飛躍的な改良に該当することに由来するだけではなく、本件特許の出願書類がレベル高く作成されていることにも緊密に関係していると考えられる。以下、本件特許の出願書類の書き方について詳しく分析したい。
	
	3.1 進歩性について
	
	8回の無効審判請求のすべてにおいて、進歩性に関する無効理由が提起されたが、特許審判委員会は最終的に、特許権の有効性を維持するという審決を6回も下し、かつ6回の審決において、進歩性の判断について、「ある請求項に記載された発明が、先行技術に対して相違点に係る構成を有し、かつ先行技術には、当該相違点に係る構成によりかかる課題を解決することに関する示唆がなく、当該相違点に係る構成が、当業界の技術常識であることを証明できる証拠がなく、当該相違点に係る構成が、当該請求項に記載された発明に有利な効果をもたらす場合、当該請求項は、進歩性を有する。」というほぼ同様な判断基準を明らかにした。
	
	なぜ6回も同じ審決を下したのか、その理由は、本件特許の明細書には、上述した判断基準のポイントが記載されていることにあると考えている。
	
	第一に、背景技術には、本発明が解決しようとする課題は、従来の家庭用豆乳機における粉砕製乳装置がフィルターコップ内にあり、フィルターコップは洗浄しにくいことであると明確に記載されている。
	
	第二に、発明の開示には、本発明の洗浄容易な多機能豆乳機の主な改良点は、一つの導流器で従来の豆乳機におけるフィルターコップを代替した点にあることが明確に記載されている。(本件特許の公開公報の明細書第1頁下から第1段落を参照。)
	
	最後に、発明の開示には、上記の改良による有利な効果が明確に記載されている。具体的には、「本発明の洗浄容易な多機能豆乳機の導流器の下口は開放されている。また、導流孔が設置されているが、従来技術のフィルターコップの構造と本質的に異なっており、導流器の内外壁の洗浄が簡単にできる。そして、従来技術においてフィルターコップの内部で粉砕製乳するのとは異なって、製乳用素材は筒体と導流器内で水と共に広範囲内で循環され、粉砕され、製乳されるため、その粉砕製乳の効果はより良く、製乳用素材の栄養分がより十分に析出できる。」と記載されている。
	
	このように、本件特許の出願書類には、解決しようとする課題、課題を解決するための技術的手段(改良)、それによる有利な効果という発明の三要素が明確に記載されていることに加えて、この三要素は非常に厳密な論理構造を構築している。そのため、特許審判委員会は、12244号審決に言及された証拠2(ZL03225170.X)には、導流器と類似する構造を有する導流コップが開示されているものの、両者の設置場所及び解決しようとする課題が異なっているので、この証拠2には、本件特許が導流器を利用して洗浄難の課題を解決することに関する示唆がなく、本件特許の請求項1は進歩性を有すると認定した。
	
	また、本件特許の明細書には、進歩性に寄与できるようなすべての構成について、それに対応する有利な効果も記載されている。例えば、
	
	「導流器の下口が開放されている」という構成について、「導流孔が設置されているが、従来技術のフィルターコップの構造と本質的に異なっており、導流器の内外壁の洗浄が簡単にできる」という有利な効果が記載されている。(本件特許の公開公報の明細書第2頁第2段落下から第9~10行を参照。)
	
	「製乳用素材は筒体と導流器内で水と共に広範囲内で循環され、粉砕され、製乳される」という構成について、「従来技術においてフィルターコップの内部で粉砕製乳するとは異なり、その粉砕製乳の効果はより良く、製乳用素材の栄養分がより十分に析出できる」という有利な効果が記載されている。(本件特許の公開公報の明細書第2頁第2段落下から第5~6行を参照。)
	
	「導流器の下端に導流器ハンドルを固定設置する」という構成について、「導流器の脱着を容易にする」及び「回転中のブレードが導流器に傷つくことを防止する」という有利な効果が記載されている。(本件特許の公開公報の明細書第3頁下から第4段落下から第7~10行を参照。)
	
	「導流器に粉砕リブを設置する」という構成について、「製乳用素材の粉砕と循環効果はさらに良くなる」という有利な効果が記載されている。(本件特許の公開公報の明細書第3頁下から第4段落下から第2~3行を参照。)
	
	以上の分析からすれば、将来起こりうる進歩性欠如に関する主張に対抗するために、出願書類の作成時に、本発明が解決しようとする課題、この課題を解決するための技術的手段(改良)、それによる有利な効果という三要素を明確にし、かつ、この三要素により厳密な論理構造を構築すべきである。例えば、各構成について、それに対応する有利な効果を記載することが考えられる。
	
	3.2 実施可能要件について
	
	19505号審決によれば、請求人は、「本件特許の明細書には、素材又は筒体内の乳原料の温度や圧力、及び、素材がどのような温度及び圧力条件下でブレードの回転の作用によって、導流器の中で上方へ上げられ、水と共に循環され、導流孔、導流槽を経由して吐出されて筒体の内部へ戻ってくるのかについて明確に説明していない。」と主張した。
	
	請求人のこの主張に対して、合議体は以下のとおり指摘した。本件特許発明の目的は、家庭用豆乳機の洗浄難の課題を解決し、洗浄容易な多機能豆乳機を提供することにある(本件特許の明細書第1頁第11~12行を参照)。この目的を実現するために、本発明は、ヘッドユニット下蓋に、その下部が水中に入り込み、かつ、その下口が開放している導流器が一つ固定設置され、電気モータ軸の前端に固定されたブレードが導流器の内部に位置し、かつ、水中に入り込み、導流器に導流孔が設置されているか、又はヘッドユニット下蓋に導流器の内腔と連通する導流槽が設置されており、製乳用素材は筒体と導流器内で水と共に循環され、粉砕され、製乳されるという手段を採用した(本件特許の明細書第1頁第14~17行、第21~22行を参照)。また、本件特許発明の豆乳機の作動原理及び作動方法についても説明されている(本件特許の明細書第4頁第3~15行及び第5頁第13~18行を参照)。このように、本件特許の明細書は、保護しようとする発明について、明瞭かつ完全な説明を記載しており、当業者は明細書の記載に基づき、本件特許発明を実施し、その課題を解決し、かつ所期の効果を得ることができる。
	
	また、「素材又は筒体内の乳原料の温度や圧力、及び、素材がどのような温度及び圧力条件下でブレードの回転の作用によって、導流器の中で上方へ上げられ、水と共に循環され、導流孔、導流槽を経由して吐出されて筒体の内部へ戻ってくるのか」という請求人の疑いについて、合議体は、「当業者の知識に基づき、本件特許発明の目的及び発明の開示を読めば、創意工夫をせずとも、実際の状況に応じて特定できる」とした。
	
	上述した合議体の指摘から、以下のような教示を得ることができる。
	
	出願書類を作成するにあたっては、発明が解決しようとする課題、課題を解決するための技術的手段(改良)、それによる有利な効果という三要素を明確にすると共に、図面を用いて発明の原理、実現方法、各構成(製品の部品又は方法プロセス)の実施の形態等を詳細に説明すべきである。そうすることにより、将来起こりうる実施可能要件違反に関する主張に対して有力に対抗することができる。
	
	3.3 独立請求項には、技術的課題を解決するための必須要件を記載すべきことについて
	
	19505号審決によれば、請求人は、「本件特許の請求項1、6は「豆乳機における電気ヒーター又は筒体内の素材温度、圧力」及び「導流器ハンドル」の2つの必須要件を欠いており、請求項1は豆粕の濾過に関する構成を欠いている。」と主張した。
	
	19513号審決によれば、請求人は、「独立請求項1は「導流器の底部が開放している」との必須要件及び「導流孔の構造は、製乳用素材及び水が吐出されて筒体の内部へ戻れるように設置されている」との必須要件を欠いており、独立請求項6は「導流器底部が開放している」との必須要件及び「導流槽の構造は、製乳用素材及び水が吐出されて筒体の内部へ戻れるように設置されている」との必須要件を欠いている。」と主張した。
	
	これらの主張について、合議体は以下の見解を述べた。
	
	第一に、本件特許発明の目的は、家庭用豆乳機の洗浄難の課題を解決することにある。この目的を実現するために、本件特許発明は、フィルターコップなしで、ヘッドユニット下蓋に、その下口が開放している導流器を一つ固定設置し、導流器に導流孔を設置するか、又はヘッドユニット下蓋に導流器の内腔に連通する導流槽を設置するという手段を採用した。これらの構成は本件特許の独立請求項1及び6に明確に記載されている。
	
	第二に、「豆乳機における電気ヒーター又は筒体内の素材温度、圧力」、「導流器ハンドル」及び豆粕の濾過に関する構成も、豆乳機の作動、操作に関係しているが、本件特許が解決しようとする課題からすれば、これらの構成は必須要件とはいえない。独立請求項1、6に記載されたすべての構成は、本件特許発明の目的の実現に十分なので、独立請求項1、6は、その課題を解決するためのすべての構成を記載しているといえる。
	
	上述した合議体の指摘について、以下のような教示を得ることができる。
	
	発明が解決しようとする課題、課題を解決するための技術的手段(改良)、それによる有利な効果という三要素を明確にすることは、発明を適切に記載した独立請求項を作成する基礎となる。言い換えれば、必須要件を記載していないという理由により無効にされること、又は必須要件に該当しない要件を記載したことにより権利範囲が減縮されることを避けることができる。
	
	例えば、本件特許の独立請求項1、6は、「導流器の下口が開放している」及び「導流器に導流孔が設置されている」などの導流器の構造について明確に記載して特定しているだけではなく、「ヘッドユニット下蓋に、導流器が設置され」、「ブレードが導流器の内部に位置し」および「ヘッドユニット下蓋に導流器の内腔と連通する導流槽が設置されている」などの導流器とヘッドユニット下蓋、ブレード等との位置関係についても明確に記載しているが、本件特許発明における洗浄しにくいという課題を解決することに関係のないその他の構成を特定してはいない。
	
	4.結論
	
	以上をまとめると、本件特許の出願書類および無効審判の経緯からみて、発明が解決しようとする課題、この課題を解決するための技術的手段(改良)、それによる有利な効果という三要素を明確にし、かつ、この三要素により厳密な論理構造を構築することが、ハイクオリティの特許出願書類を作成する基礎となる。
	
	そして、明細書については、その記載をできるだけ充実させるべきである。具体的には、図面を用いて発明の原理、実現方法、各構成(製品の部品又は方法プロセス)の実施の形態等を詳細に説明すべきである。
	
	しかしながら、請求項については、その記載を慎重に考慮すべきであり、より広い権利範囲とするためには、課題を解決するための必須要件のみを記載すれば十分である。
	 
	(2013)