1つの相違点を複数の引例の組み合わせで評価する拒絶理由への応答方針について
中国弁理士 代 文文
I.はじめに
審査指南には、特許を請求する発明が先行技術に対して自明なのか否かの判断は、通常、(1)最も近い先行技術を選択し、(2)発明の相違点に係る構成及び発明の実質的な課題を把握し、(3)特許を請求する発明が当業者には自明なのか否かを判断するという「3ステップ法」に従って行うことができると規定されている。ステップ(3)において、先行技術には相違点に係る構成を最も近い先行技術に適用して発明の実質的な課題を解決する示唆があるか否かを判断する必要がある。中国の特許実務では、1つの相違点は1つの引例で評価されるのが一般的であるが、複数の引例の組み合わせで評価されることもある。このような拒絶理由を受けた場合、どのように対応すべきかについて、本稿では、実例を参照しながら、1つの相違点を複数の引例の組み合わせで評価する拒絶理由への応答方針を考察する。
II.審査指南における規定
審査指南第2部第4章の3.2.1.1には、「3ステップ法」のステップ(3)について、「このステップでは、最も近い先行技術及び発明の実質的な課題から、特許を請求する発明が当業者には自明なのか否かを判断しなければならない。判断の過程において、先行技術全体に何らかの示唆があるか否か、即ち先行技術には上記相違点に係る構成を当該最も近い先行技術に適用して存在していた課題(つまり、発明の実質的な課題)を解決する示唆があるか否かを判断すべきである。このような示唆は、上記課題に直面した当業者が当該最も近い先行技術を改良して、特許を請求する発明をなす動機付けとなる。先行技術にこのような示唆がある場合、発明は自明で顕著な実質的構成を有しないものとなる。
以下のような場合、先行技術に上記の示唆があると考えられる。
(i)上記の相違点に係る構成が、例えば、当業界において当該改めて判断された課題を解決するための慣用手段、又は教科書もしくは技術用語辞典、技術マニュアルなどの参考書に開示され、当該改めて判断された課題を解決するための手段などの技術常識である。
(ii)上記の相違点に係る構成が最も近い先行技術に関連する手段、例えば、同一の引例の別の記載に開示された手段であって、当該別の記載におけるその作用効果が当該相違点に係る構成が特許を請求する発明において当該改めて判断された課題を解決するために果たす作用効果と同じ手段である。
(iii)上記の相違点に係る構成が別の引例に開示された関連手段であって、当該引例におけるその作用効果が当該相違点に係る構成が特許を請求する発明において当該改めて判断された課題を解決するために果たす作用効果と同じ手段である。」と規定されている。
上記の規定から明らかなように、先行技術には相違点に係る構成を最も近い先行技術に適用して発明の実質的な課題を解決する示唆があるか否かを判断する際に、正しくのは最も近い先行技術以外の先行技術には相違点に係る構成を最も近い先行技術に適用する示唆があるか否かを判断すべきである。したがって、その他の先行技術には相違点に係る構成を最も近い先行技術に適用する示唆があるか否かを正確に判断できること、及び相違点に係る構成に対する審査官の評価手法が上記の規定に合致しているか否かは、1つの相違点を複数の引例の組み合わせで評価する拒絶理由へ応答する際のポイントとなる。
III.事例の紹介
本願請求項1について、審査官は拒絶理由通知において、「請求項1と引例1との相違点に係る構成は構成Aにある。相違点に係る構成Aからすれば、請求項1が実質的に解決する課題は課題Bである。引例2には、構成Aに反映されている本願の技術着想の一部が示唆されている。このため、当業者には、引例1の装置に当該技術着想の一部に対応する機能を追加する動機づけがある。さらに、引例3には、構成Aの一部が示唆されている。当業者は、引例1及び2において当該構成の一部をさらに追加することが動機づけられ、またニーズに応じて、構成Aの残りの一部を採用することができる。したがって、請求項1は進歩性を有しない。」と指摘した。
筆者は本願の出願書類及び引例1~3を検討したところ、相違点に係る構成及び請求項1の実質的な課題に関する審査官の認定はいずれも正しいが、引例1の別の記載、引例2及び引例3にはいずれも、構成Aが開示されていないと分かった。相違点に関する先行技術の示唆の有無については、審査指南を参照すると、本件において、構成Aが当業界で上記の課題Bを解決するための技術常識である場合、或いは、引例1の別の記載、又は引例2、又は引例3に構成Aが開示されており、且つその作用効果も同じである場合には、先行技術には構成Aを最も近い先行技術に適用して課題Bを解決する示唆があると判断できる。一方、審査指南には、示唆があると判断できる上記以外の事由は記載されておらず、特に独立した2つの引例を組み合わせて1つの相違点を評価してもよいというような記載はない。
本願において、構成Aについて、審査官は拒絶理由通知で、「引例2には構成Aが開示されていないが、当業者には引例2と引例1を組み合わせる動機付けがあり、さらに引例3には構成Aが開示されていないが、引例3を引例1と2を組み合わせた発明と組み合わせる動機付けがある。」と指摘した。このような評価手法は明らかに審査指南における上記の規定に違反していると思われる。
以上を踏まえ、拒絶理由通知への応答時に、構成Aについて、以下のとおり反論した。
「…ため、引例2には、構成Aを引例1に適用して課題Bを解決することが示唆されていない。
…ため、引例3には、構成Aを引例1に適用して課題Bを解決することが示唆されていない。
また、構成Aについて、審査指南の規定によると、引例2には当該構成Aを引例1に適用してかかる課題を解決する示唆があるかを判断し、又は引例3には当該構成Aを引例1に適用してかかる課題を解決する示唆があるかを判断すべきである。示唆がない場合、当業者は引例2を引例1に、又は引例3を引例1に組み合わせる動機付けがない。つまり、引例2又は3には構成Aを最も近い先行技術である引例1に適用する示唆があるかを判断すべきである。
審査官は、引例2には構成Aが開示されていないが、当業者には引例2と引例1を組み合わせる動機付けがあり、さらに引例3には構成Aが開示されていないが、引例3を引例1と2を組み合わせた発明と組み合わせる動機付けがある、と判断していると言える。この判断では、審査官は実質上引例1と2を組み合わせた発明を最も近い先行技術として使用している。しかし、引例1+2は客観的に存在する引例ではなく、最も近い先行技術として用いるべきではない。上述した審査官の評価手法は審査指南の規定に違反しており、誤りである。」
結果として、審査官は上記の反論を認め、評価手法を変更した。
IV.おわりに
上記の事例から明らかなように、1つの相違点を複数の引例の組み合わせで評価する拒絶理由を受けた場合、複数の引例にはそれぞれ相違点に係る構成を最も近い先行技術に適用する示唆があるかを正確に判断することが重要である。各引例にはいずれも相違点に係る構成を最も近い先行技術に適用する示唆がない場合、先行技術には相違点に係る構成を最も近い先行技術に適用して発明の実質的な課題を解決する示唆がないと言える。この場合、審査官の評価手法を簡単にまとめ、当該評価手法が審査指南における上記の規定に違反していると主張することが考えられる。
以上、筆者の経験に基づき、1つの相違点を複数の引例の組み合わせで評価する拒絶理由の対応方法について説明した。このような拒絶理由は稀であるが、ピンポイントな反論ができないと、出願人の主張が認められない可能性もある。中国の審査指南に基づく上記の観点から反論することは、効率的な対応方法になると思われる。